「……ど、どうして、ここが……?」


 寝台の上で凍り付いていた火のターチがやっと言葉を紡いだ。


「お前が名乗ったとき、わたしが放った羽根剣を覚えているか?」


 覚えているもない。胸に仕込んだ核石弾を封印する術を外すのにどれだけ苦労したか。一族でも優秀な術師が三日も費やしたほどだ。


「羽根剣──“鈴羽すずはね„と名づけた術は、本来、核石弾を封じるものたが、闇の者には任務に失敗すると自爆する者や自爆で標的を殺す者があるのでな、幾つかの術を追加したんだよ。例えばこんな風にな──」


 手に握る羽根剣を払う。


 するとどうだ。火のターチが硬直してしまった。


「どうだい? わたしが考えた傀儡の術は。なかなかのものだろう」


 ルインは冷たく笑った。


「幾つか、といった通り、鈴羽の術は傀儡だけではない。盟約の術も仕込んである。さあ、目覚めろ、我が下僕よ」


 ルインの言葉に、一族の者に助けられてからの記憶が忽然と現れた。虫を使い、館の情報を流し、ここまで導いたことが思い出されたのだ。


 だが、そんなことを認める訳にはいかない。そんな都合の良い盟約の術など認められなかった。


「……そんなの嘘だ。お前の狂言だ。わ、わたしは、なにもしていない……」


 火のターチの否定にルインの表情が固くなり、歯がギリっと鳴った。


「お前が警備隊に捕まって何日経った! お前らの中に傀儡師がいないとおれが思ったか! お前らに出来ておれに出来ないと思ったかっ!」


 剣を抜き放ち、剣の平で火のターチを殴りつけた。


「お前らが闇の者なのはすぐにわかった。お前が自爆を失敗すれば取り返しにくることもわかった。ならば、お前らは復讐にくる。紅百合亭に探りにくる。おれを調べる。どれもこれも外道が考えることばかりだ。そこら辺の賊となんら変わらない。なのに、なぜ許さなくてはならない! どうして殺したら駄目なんだっ!」


 剣を返し、襲いくる老人を叩き落とした。


「ふざけるなっ!」


 気絶した老人から火のターチに視線を戻す。


「闇なら闇らしくどうして闇にいない! どうして光の下に出てきた!」


 寝台を蹴り上げ、火のターチを床に落とした。


「あの人は太陽だった。姉であり母であり、おれに安らぎを与えてくれる大切な家族だったのに……どうしておれは救えなかったんだぁッ!!」


 ──挫けないでください。


 あの言葉が何度も蘇る。何度も自分を救ってくれる。


 復讐は後悔を呼ぶ。自分を腐らせる。こうすれば、ああすればと無意味な妄想に心を蝕まれる。どんどん孤高の道を突き進むのだ。あのジャン・クーのように……。


 ……わたしは挫けない。挫けたりするものか。その道だけは絶対に歩んだりはしない……!


「──警備隊だっ! 大人しく降服しろ!」


 部屋の扉とはいわず全ての窓から完全武装の特殊警備隊が雪崩れ込んできた。


「ルインどのっ!?」


 賊の隠れ家を教えにきたはずのルインが目の前にいることに驚く特殊警備隊の隊長。


「賊は無力化しましたが、まだ罠が残っていますので注意してください」


「え? あ、いや、これはいったい……」


「すみません。まだ賊が残っていますので事情はこの“二式„が説明します」


 そういうとルインが目の前から消えてしまった。


 残された者たちは、そこに立つ“女性型の人形„をしばし見詰め続けた。

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