3
「……まったく、これ程嬉しくない賭けの勝ち方はないな……」
右から襲いくる賊を薙ぎ払いながらジリートと公女の登場にため息をついた。
ジリートがくるのはわかっていた。わかっていたからこそなにもいわなかった。それが義弟に対する信頼であり礼儀であるからだ。
「……さて。外からの援護は途絶えた。まもなく警備隊がくる。特殊警備隊もくるだろう。どうする?」
剣を下段に構えなが問うた。
「だから降服しろと?」
嘲笑う首領にルインは首を振った。
「そんなことを望んでいるわけではない。どちらかといえば抵抗し続けてもらいたいくらいだ。どうすると問うたのは『お前らに時間はないぞ』という意味だ」
意味がわからず首領が目を細める。
と、ルインの体から力が抜け、剣がだらりと下がった。
隙を見せたら襲いかかるのことは、もはや賊たちの習性であり、二の角の本能でもあった。
首領が罠だと叫ぶ前に手下たちがルインへと跳び掛かった──その瞬間、天上といわず床といわず、凄まじいまでの鋼線が噴き出して賊に襲いかかった。
ルインから鋼線に意識を切り替え必死に抵抗するが、まるで無尽蔵のように鋼線の噴き出しが止まらない。いや、徐々に増えていた。
あり得なかった。信じられなかった。
復讐すると決めてから入念な調査をした。それこそ茶器の種類から建材の産直まで調べ抜いた。だが、それが良かった。そして、絶句した。
この店に仕掛けられた罠は百を超えていた。正当な結界は六つ。禁呪に至っては十二もあった。
それでもだ。事実は事実として受け止めた。破るために思案した。お陰で二月も費やしてしまったが、万全の用意を整えることができた。
なのに、これはなんだ。自分たちの努力など嘲笑うかのように罠が出てくる。あのときのように自分たちを苦しめる。
……これほどの鋼線をどこに隠せる──そうかっ!
握っていたマグナの剣を床に刺した首領は、右手を大きく振り上げた。
と、空中に魔法陣が浮かび、そこから一振りの魔剣が召喚された。
切っ先から柄の先まで漆黒に染まり、唯一柄頭に仕込まれた水晶だけが白銀色に輝いていた。
「──破暫!」
漆黒の魔剣を横に一閃すると、噴き出していた鋼線が跡形もなく消えてしまった。
のた打ち回る手下たちが突然のことに戸惑い、首領へと目を向けた。
「幻術だ。それも我々が得意とする薬物を使用したな……」
殺意の籠った目でルインを見た。
もちろん、こういった薬物に抵抗する訓練はしてある。薬物を防ぐために衣装にも工夫を施している。それらを無視し、自分たちに気が付かせない薬物などそうはない。考えられるものは闇の世界でも禁忌とされている魔薬、『ソレアルの子守唄』しか考えられなかった。
「貴様も幻……いや、人形か……」
ルインはニヤリと笑った。
訓練してきた自分たちに影響を与える魔薬である。そんなものが散布された密室で平然と立っていられる程ソレアルの子守唄は優しくないのだ。
「さすが、というべきだな」
腐っても闇の者。思考力も豊かなら経験も豊富である。
「……貴様、何者だ……?」
その問いにルインは優しく笑った。
「この店の用心棒さ」
「ふざけるなっ! ソレアルの子守唄を使い、闇の技を仕掛ける用心棒がどこにいる! 妖術師ですらもっと優しいぞっ!」
悪辣という言葉だけで足りるものではない。納得できるものでもなかった。
翼人パピタル族が信仰する六神教に悪人を一万回苦しめる獄落界ごくらくかいというものがあるが、まさにそれに相応しいものであった。
「……何者でもない。光の世界にいることを誓ったただの男さ……」
目の前にいるのは人形だ。幻を纏わせている。その技はそれ程珍しいものではないし、それなりの幻惑師なら充分に可能な術である。なのに、目の前の人形は人だ。人が出す気配だ。どこからどう見ても人であった。
「二の角、か。確かに捕獲者としては優秀だな。罠も侵入者の立場になって考えてある。種類も多種で結界も見事。これでは中堅魔導師でも見抜けないだろうよ。お、機械式の罠も取り入れているとは時代に逆らわない一族だ」
突然、話が逸れ、意味不明なことを口走るルインに首領は訝しんだ。
「闇の者にしては好い家具が揃っている。絵画類も今流行りのもだし、寝台も天蓋付きとは畏れいった。これで薄着の寝巻きなら絵になるんだが、闇装束では雰囲気が台無しだ」
ルインの視線が首領から外れ、やや下へと向けられた。
「やあ、傷の具合はどうだい、火のターチさん」
そこにいる全ての者が生まれて初めて戦慄した。
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