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それからルインは自分の城から動かなくなった。
本も読まず、厨房にも入らず、ただ、帝都の地図を睨んでいた。
ルッキス工房の技法士たちがやってきても任せっぱなしであり、完成した飛空艇も見ることもしない。まるで足が石になったかのようにその場から動くことはなかった。
「公女さま、今日もこないね……」
「そうだな」
いつものように見聞紙を持ってきたミルラがルインに話し掛けるが、ルインは地図から目を離さない。義妹の顔すら見ない。人の話すら聞かなくなってきた。
公女がこなくなってからというものルインの態度が冷たくなり、なにをいっても、誰が話し掛けても上の空だったが、最近は本当に酷い。まるで人形を相手しているかのようだった。
それでも義兄を信じる義妹はなにもいわない。ため息一つ吐いて仕事に戻った。
地図から見聞紙へと意識を向け、隅々まで読んだルインは、また、地図に目を向けた。
何事もなく夜になり、踊りを楽しむ紳士淑女たちが集まり、楽士隊が曲が奏でられる。
地図を睨んでいたルインの意識がふっと切り替わり、その視線が新しく紅百合亭の主となったヘレアルの妹、メアリーに向けられた。
メアリーはウージュを引き取るためにルクアートからきたのだが、ここ継ぐというウージュの決意に負け、しばらく留まることになった。
ただ居るというのも居たたまれないというので店を手伝うこととなったのだが、その手際の良さはミルラに匹敵し、踊りはヘレアルを超えていた。
「ルクアートではちょっとは名の通った舞踏家なんですよ」
ちょっとどころではない。帝都にいる舞踏家にも負けてはいない腕を見せられたルインは、メアリーに頭を下げて主になってもらった。
お客と踊るメアリーとヘレアルの姿が重なる。
……姉妹だけあって良く似ている……。
ヘレアルとは六つ離れており、まだ未婚のためヘレアルのような落ち着きはないが、笑ったときの顔といったらドキっとするくらたあ似ていた。
久しぶりに湧いてきた温かい感情に心が和み、自然と右手にある棚へと目が動いてしまった。
そこには作り掛けの皮製の腕輪があった。
粉々になった自分の城を片付けていたときに出てきたものだ。
ヘレアルが自分を思って密かに作っていたのだろう。いつか自分に渡そうとしていたのだろう。そんな思いに囚われる度に挫けそうになる。
……わたしは負けない。挫けたりするものか……。
そんな葛藤を繰り返しの日々が流れ、見聞紙から例の盗賊団の記事が少くなり、人々の口からも強盗団の話も出てこなくなった。
そして、ヘレアルが死んでから二月と十四日。二つの月が厚い雲に隠れた瞬間、地図に刺していた色画鋲が黄色に輝いた。
刺されていた場所はここからもっとも遠いスレシア侯爵領区。直線距離にして四十六リグ。領区でも有名な青物屋であった。
椅子から立ち上がったルインは、卓の下から木箱を取り出して卓に置いた。
中身はルインの英知。特殊警備隊士十人分に匹敵する武具と魔道具であった。
今まで着ていた服を脱ぎ捨て、木箱の中から黒竜の髭で編んだ下着に魔術で強化した衣装に着替え、数十種類もの魔道具を仕込んだ胴衣に腰帯、竜の皮で作った手袋と皮靴を装着。最後にマグナの剣を手に取った。
装備が整い、地図に目を向ける。
色は赤。ルインが用意した仕掛けに賊が気がついたことを意味する色であった。
ルインが仕掛けたものは紅百合亭に仕掛けたものを強化したもので、住人以外の者が侵入したら主だけに伝わるように施し、逃げるための時間と賊を逃がさないための、悪質としかいいようがないものだった。
店の主には、この事件が解決するまでは頑丈な部屋で寝ることを勧め、店内に仕掛けた侵入者警報が鳴ったら用意した結界具を使い警備隊がくるまで耐えろと指示してある。
貧民街の子供に優しくする主である。守るものは金より家族の人である。ルインの言葉を無下にすることなかった。渡された指示書に従い、この店の地下倉庫に一番近い部屋を寝室としていた。
警報が鳴ると同時に家族と住み込みの者たちと地下倉庫に移動し、取り替えた鉄製の扉を閉めて結界具を発動させた──その色が緑であった。
色を確認したルインは裏へと駆けた。
厩の前には大きな穴が開いており、中にはルッキス工房製発射台と飛行艇が収められていた。
躊躇なく穴へと飛び込み、開き放たれた操縦席へと着地した。
幾つかの
防風窓が閉じられると、飛行艇が空へと射出される。
制御用風進機を操り、南南西へと軌道を修正。飛翔竜にも負けない速度で闇夜に消えていった。
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