第八章 信じるとは
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帰宅した公女は、さっそく六〇〇〇万タムを用意するべく動いた。
これは試練。あの人の主に相応しいかを問われていると解釈したのだ。
ルクアートの公女として一年間に自由にできる金は五〇〇万タム。質実剛健を良しと自分だから二〇〇〇万タムの貯蓄があった。それを全て希少金属に換え、五つある別邸から宝石を集めた。換金する方法がないのでそのまま渡すことにする。が、それで自分の財が尽きてしました。
ニックスやマーベラスの鑑定眼では四〇〇〇万タムになるそうだが、残り二〇〇〇万タムの捻出方法が出てこなかった。
父親には頼れない。これは自分の問題。自分が用意すると約束したのだ。誰かの力を頼るわけにはいかった。
考えに考えて飛空船を売ることに決めた。
それは十歳のとき父から贈られたもの。勝手に売って良いものではないし、これが知れたら父に罰せられる。だが、構わない。あの人の役に立てるのなら喜んで罰せられてやる。
騎士たちの伝を借り、公女は五日で六〇〇〇万タムを用意することができた。
五人の騎士たちとともに紅百合亭を訪れると、ルインは離れの自分の部屋へと案内し、異常なまでの結界を張って外と完全に切り離した。
自分用の茶道具で人数分のお茶を淹れ、一服したところで公女は六〇〇〇万タムを渡した。
「これでなにをなさるので?」
聞かないのが礼儀かと思ったが、なにに使うのかという好奇心に負けてつい尋ねてしまった。
「飛空艇とマグナの剣を買います。あと、武具や道具といった細かいものを」
マグナの剣はわかる。賊には魔剣やマグナの剣を使う者がいるというから。でも、飛空艇は理解できなかった。水がなければ飛空艇は飛び立てない。なによりこの人には聖獣ケウロンがいるではないかと、ルインを見た。
そう考えているだろう公女にルインは微笑んだ。
「そこが囮、もしくは二ヶ所だった場合に備えます。飛空艇を飛ばすだけなら水は要りません。現に飛空船から飛ばす技術は確立されていますし、岩山を根城としている空賊は打ち出し式という方法を使用しています。まあ、ここでは大掛かりな装置は造れませんが、木で発射台を造り、地面を掘って噴射板とすれば充分飛び立てます」
「降りるときはどうするので?」
「そこに着ければ良いのです。そのまま飛ばして安全な場所で爆破させます」
言葉に詰まるやり方であった。
「それで飛空艇はどこで購入するので?」
まだ言葉を探している主に代わりニックスが尋ねた。
「アルケリア工房にしようかと」
「あそこは止めた方が良い。腕は確かだが御用商人。いくら金を出そうと信用がないところには売りません。買うならウルトリス侯爵領区にあるルッキス工房をお薦めします。規模は小さいですが飛空艇の技術はそこが一番だ。それに運ぶとなると解体輸送となる。あそこなら解体から組立まで二日でやります。発射台も造ってくれるでしょう」
「……貴殿、技法士だったか……」
ルインの呟きにニックスは目を大きくさせた驚いた。
「どこかに技法士に繋がる言葉がありましたかな?」
「その言葉が技法を学んでいることを証明し、工房の良し悪しを見抜く目が貴殿の能力の高さを語っている。それに飛空船を飛ばすことが自慢という。そんな者ならば技法士の資格を持っていた方が良いと考えるはずだし、出生の道具とするはずだ」
まったくもってその通りだった。
技法の知識があったから妻と出会え、潰れ掛けたオルロ家を再興でき、念願の貴族となれたのだ。
「第一級ですか?」
「いえ、第二級ですよ。専門は砲撃系の設計と製造。本当に得意なのはコレです」
外套の下から金属の塊を取り出した。
「なかなか最先端を行ってますな。まさかこの帝都で“銃„を使う騎士に会えるとは思いもませんでしたよ……」
金属の礫を射ち放つ武器は飛空船に搭載されて一般的……とまではいかないが、それ程珍しいものではない。が、それを携帯できるまで小型化した銃を持つ者など皆無に近い。有名な奇蹟の姫か新しいもの好きかのどちらかだと思っていた。
「なんでも知っているお方だ」
「まあ、未知なるもの、新しいものが大好物ですからね」
ルインは笑った。だが、すぐに表情がなくなり冷たい目を公女に向けた。
「レミア様」
ルインは初めて公女の名を呼び、床に右膝を床につけた。
「これからわたしは法を破ります。警備隊を偽ります」
だから自分とは会うな。これ以上関わるなと、その目がいっていた。
「……数々のご援助、本当にありがとうございました」
床につくくらい頭を下げた。
そんなルインに公女は床に膝をつけ、その頭を上げさせた。
「お礼をいうのはこちらの方です。貴方の言葉、貴方の行動、全てがためになる。全てが勉強になる。貴方が私の前に現れてくれて本当にありがとうございました……」
公女は頭を下げた。
誠心誠意。ルインと出会えたことに感謝している自分を知ってもらうために……。
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