5
その日、公女としての予定がなかったので開店に合わせて紅百合亭へとくると、ノルベットとルディーがきていた。
なにやら真剣に話し合う姿に邪魔しては悪いと、公女は別の席に座った。
「なにかあったの?」
やってきたミルラにそっと尋ねた。
尋ねられたミルラは、笑顔のまま左右を見回し、無言で公女の隣に滑り込んだ。
ちょいちょいと手を招くのを耳を貸せと解釈した公女は耳をミルラに近づけた。
「これは見聞紙にも載ってないことで内緒なんだけど、実は賊を一人捕まえたの」
その事実に公女は目を大きくさせて驚いた。
「ところがその賊の仲間に寄って取り返されたのよ。で、その報告と謝罪にきているのよ」
ルインからは仲間が取り返しにくるはずだから警備は厳重にしろと忠告され、特殊警備隊を二隊を配備し、多重結界を張っていたというのに、賊は易々と忍び込み、いっさいがっさいの手がかりと仲間を連れ去ってしまったのだ。
失態を詫びたノルベットとルディーが帰り、ルインの城に移ると、ルインが厳しい顔で帝都の地図を睨んでいた。
席に着い公女も振り返って地図を見る。
……色画鋲の数は五十二個か。余り帝都の地理に詳しくはないけど、繁華街があるところよね……?
疑問を抱きながらも前を見ると、地図を見ていたはずのルインが自分を見ていた。
驚く公女にルインは優しく微笑んだ。
「申し訳ありませんでした。ちょっと込み入った話だったもので」
「あ、いえ、こちらこそお邪魔したようで……」
いつものように公女のためにお茶を淹れるべく厨房へと移り、今日のお薦めを持って返ってきた。
出されたお茶と菓子を楽しんでいると、茶器を持ったまま自分を見詰めているルインに気がついた。
「……なにか……?」
首を傾げる公女の視線から逃れるように目を反らしたが、すぐに視線を戻した。
「……貴女のことだからわたしが盗賊団に復讐することに気がついていることでしょう」
即答は避け、一拍置いてから頷いた。
「……やはり、なさるのですか?」
「します」
即答するルイン。
「しかし、賊の動きは警備隊でもつかめてはいないのでは……?」
ここを襲った後、例の盗賊団は鳴りを沈めている。警備隊も手がかりを基に調べてはいるが、進展はしていないと見聞紙に書かれていた。
「警備隊にあの賊を捕まえるのは不可能でしょう」
公女はルインのいい様に首を傾げた。まるで賊の正体を知っているように聞こえたから。
「“捕獲者„という言葉を知っていますか?」
たぶん、そのままの意味ではないだろうと考え、首を横に振った。
「まあ、知らないのが当然なんですがね」
「なんですの、その捕獲者とは?」
「平たくいえば闇の者です」
このミナス帝国は、
「……我々の世界など神の目から見たらとても小さなものです。ですが、そんな小さな世界にも闇はある。光を避ける者がいる。表に出ず、闇に溶け、闇を糧に生きている。夜に動く獣を昼間捜しているようなもの。見つけることなどできる訳がないのです」
「……あ、貴方は、いったい……?」
「勘違いなさらないでください。わたしは表の、光の下で生きる者です。闇を知っているのは放浪時代に闇と戦ったことがあるからです」
いつものように優しく笑う。
「……どうして、私にそんなことを……」
公女の問いにルインは地図に目を向けた。
「闇にいた者がなぜ強盗をしているかはわかりませんが、過去の襲撃した店を調べて共通点を見つけました。この紅百合亭と同じように新しい商売を初めて繁盛したところが狙われています。そして現在調べたところ、そういう店は帝都に五十二軒ありました」
公女も地図を見た。
「……貧民街の子供を使っていたのは、こういうわけだったんですね……」
「はい。それともう一つ。襲われた店の主は近隣の人から尊敬され、人徳がある人ばかりでした。その条件を重ねるて十三軒まで絞れました」
だから敢えて貧民街の子供を使った。その主が条件にあった人物かを調べるために。
「狙われそうな場所はわかりました。そこを襲われたらわかるようにもしました。ですが、そこまでいく手段がどうしても解決できないのです」
いや、方法なら幾つもある。転移術に飛翔術なら自分には可能だ。だが、転移術は高度な術のために設置するには時間を要する。飛翔術は大量の魔力を消費する。着いた頃には使い物にならないくらい疲労している。シリルという手もあるがシリルは予備兵力。万が一のときの切り札。使うわけにはいかないのだ。
「……私にどうして欲しいと?」
「お金をお借りしたい」
「いくらですか?」
「六〇〇〇万タム」
「わかりました」
公女は即答した。
ちょっとした屋敷が土地付きで買えるくらいの金額を貸すことに承諾したのだ。
今度はルインが目を大きくして驚いた。断れるのを覚悟でお願いしたのだから。
驚かせてばかりの自分が驚かせてやったことが嬉しく、公女は悪戯っぽく微笑んだ。
「不思議ですか?」
言葉にできないルインは頷いて応えた。
「それが無理難題なのは貴方自身がわかっている。わかっていてお願いするからには深い事情があるはず。ならば、全力で応援するのが友の役目、ではないかしら?」
やはりルインはなにもいえなかった。どんな顔をして良いのかもわからなかった。
どうして良いかわからないルインは頭を下げた。心を籠めて、公女の思いに感謝の意を表した。
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