3
ヘレアルを手厚く葬ったあと、ルインは紅百合亭の復旧に全力を注いだ。
床や壁は以前のように戻り、卓や椅子は以前より高価なものにし、茶器や茶瓶は全て花柄のものに統一した。壁に飾っていた絵も花に変え、円舞場の床には百合の花を持った女神の絵を描いた。
「うん、完璧!」
新しい看板を掲げたルインが会心の笑みを浮かべた。
「完璧じゃないですよっ!」
いつの間にか現れたジリートがルインを叱りつけた。
驚いた顔でルインが振り返り、その怒りに首を傾げた。
「なんなんだお前は、突然?」
「もう一月ですよ! いったいなにしてるんですかっ!」
「なにって、紅百合亭の復旧だが……」
こいつはいったいなにをいっているんだという目で義弟を見るルイン。
自然だった。いつものルインであった。
大一家を潰したときのように今回もルインは一協力者として済ませた。ノルベットたちも渋々だが了承し、強盗団の失態で手がかりを得たことにした。
だが、それがいけなかった。用心棒という立場が悪かった。
用心棒の立場で出掛けていたルインを一部の見聞紙が怠慢と書き下ろし、主人を救えなかった役立たずと罵った。その平然とした態度を薄情者と見下したのだ。
しかもルインが反論さないのを良いことに、女主人との関係をおもしろ可笑しく書き立て、あることないことを見聞紙に載せ、ルインとヘレアルを侮辱したのだ。
悔しくて悔しくてたまらなかった。お前たちになにがわかると怒鳴り付けてやりたかった。なのに、ルインはなにもいわなかった。なにもしなかった。いつものように、ヘレアルがいたときのように笑っているのだ……。
平然とする義兄に怒りが湧いてきたのか、ジリートの顔がどす黒くなってきた。
怒り全開。爆発寸前。明らかにそう見えたが、ルインは気にしなかった。構うこともしなかった。ジリートをそのままに店内へと戻った。
「どうだい、順調に進んでいるかい?」
外から聞こえる叫びを無視して娘たちに笑顔を見せた。
「はぁ~い! 順調でぇ~す!」
「こっちも順調よ」
厨房隊と給仕隊から明るい声が上がった。
紅百合亭のほとんどが娘たちで占められている。これはヘレアルが仕事が少ない娘たちの救済として考えたものであった。ゆえに紅百合亭は堅牢でありルインが用心棒をしている理由であった。
「じゃあ、一段落したらお茶にしようか」
給仕隊に混ざり、卓掛けや布巾いを畳むのを手伝った。
もう少しで終わる頃、先に一段落した厨房隊がお茶を運んできた。
「お菓子は?」
給仕隊の中で中堅の娘が厨房隊に尋ねた。
「ちゃんとあるわよ」
厨房から最後に出てきたミルラとウージュが焼き菓子を載せた盆を掲げて見せた。
「あら、ジリートじゃない。きてたんだ」
ルインの後ろで震えるジリートに気が付いたミルラが声をかけた。
「なんだ、まだいたのか。こんなところでザボっていたらノーベルさんに叱られるぞ」
ルインが振り返って注意すると、ジリートがキっと義兄を睨んだ。
「……なに、やってんだよ……」
見ての通りお茶を楽しんでいるとばかりに茶器を掲げて見せたが、怒りに囚われているジリートにはわからない。それどころかその態度が爆発の切っ掛けとなった。
「なにやってんだよっ! ヘレアルさんが死んで一月だぞ! なのになんでなにもしないんだよ! なんで笑ってられるんだよ! そんなことだから腰抜けとか臆病者とか書かれるんだぞっ!」
ジリートは顔を真っ赤にさせて怒鳴り散らした。
娘たちは目を大きくさせて驚いたが、ルインの表情に変化はなかった。
代わりに表情を険しくさせて立ち上がろうとするミルラに気が付き、そっと手を出して制した。
「世間の声などどうでも良い。罵りたいのなら罵れば良い。そんなものヘレアルさんとの約束に比べたらごみ屑にも劣るものだ。だからわたしは復讐に溺れたりはしない。怒りに身を任せたりはしない。そんなことをしてもヘレアルさんは喜ばない。誉めてもくれない。わたしはわたしなりの心でヘレアルさんに報いる。そう、わたしは誓ったんだよ」
言葉は固かったが、その顔はとても優しく揺るぎない意志だった。
ふっとミルラを見たジリートは、義兄の思いを汚す自分に怒りを向けていた。
「────」
嫉妬や後悔に胸を貫かれたジリートだが、それを飲み込むことも押さえることもできないジリートは逃げ出した。
店を出ていくジリートを気にせずお茶を楽しむルインに娘たちは戸惑ったが、それを言葉にすることはなかった。
ルインは自分たちの前でも挫けぬと誓った。自分たちも挫けたくないと、紅百合亭を潰したくないと、それが自分たちを救ってくれたヘレアルへの恩返しだとルインにいった。紅百合亭を守ると誓った。
だから今は、一日でも早く紅百合亭を再開させることに全力を注ぐだけであった。
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