その場をミルラに任せ、ルインはルディーらがいる店に向かった。


 先程外から見た限りではなにも変化はなかったが、中は凄まじい荒れようだった。


 全ての卓や椅子は原形をとどめない程粉々に砕かれ、壁や床には大小の穴がたくさん開き、自分のお気に入り空間などあったことすらわからない程に破壊されていた。


 店内を見回していると、ノルベット総隊長が近づいてきた。


「……ルインどの。悲しみのすぐで申し訳ないが──」


「いえ、お構いなく」


 振り返ったルインは笑顔を見せたが、それを見せられたノルベットは息を詰まらせた。


 ノルベットもたくさんの死を見てきた。嘆き悲しむ人もたくさん見てきた。この手で奪った命も一〇や二〇では済まない。だからわかる。この青年がどれだけ苦しみ、悲しみを堪えているかを……。


 この笑顔はこの青年の強さ。悲しみ辛さを乗り越えてきた証であった。


 ……この若さでこの強さ。皆が尊敬するのも頷ける……。


「まったく、用心棒として失格ですね」


 店内を調べていた警備隊士は、ルインがなにをいっているのかわからなかった。ノルベットも直ぐに理解することができなかった。


「魔法戦士団が突入してきても防げると自負していたのに、おもいっきり破られてしまいましたよ。しかも、こんなに破壊されるなんて……」


 やっと理解できた者らが顔をしかめてルインを見た。


 誰にも気がつかれず、一切の証拠を残さず、闇に紛れて闇とともに消え去る賊にこれまでの手がかりを残させたのだ、称賛されこそすれ非難されることなどあり得ない。


 ……それどころかその靴に口付けして感謝したいくらいだ……。


 賊が現れて四ヶ月。襲われた店は二十六軒。殺された者は六十七人。帝都史上最悪の死人を出したにも関わらず証拠という証拠を得られず、帝都中の警備隊を総動員してやっと追い詰めたが、誰一人捕まえることなく逃げられてしまった。


 その失態は帝都の治安を統括するモロリム大侯爵どころか皇帝の耳まで届いてしまい、指揮していた五人の総隊長の首が飛んでしまった。もし今回なんの手がかりもつかめなかったら、まず間違いなく自分の首は飛んでいたことだろう。


 そんなノルベットの苦悩も知らず、ルインは床に散らばった金属片へと目を向けていた。


「練習用に作った魔鋼機まこうきとはいえ、その装甲はキニル合金だったんだがな……」


 彼の人の魔鋼機には遠く及ばないが、それでも中級魔獣の十匹は余裕で撃退できる強さはあった。そんな兵器がここまで破壊するなど魔法戦士でも不可能である。


「……この斬れ味からして、マグナか……」


 希少金属の中でも最高峰に位置し、三種の奇蹟といわれる精神金属は、鍛え方次第で魔剣を上回る斬れ味になるのだ。


「充填機を傷つけることなく斬っているところを見ると、技法に長けた者がいるか」


 続いて自分のお気に入りの空間に移動し、細切れにされた緊急防護壁を調べた。


「四枚の防護壁はしょうがないまでにしても二つの結界壁まで破られるとは……」


 ヘレアルは店にいた。たまにではあるが、彼女はここで売上げの計算や商品の開発をすることがある。もっとも安全でもっとも落ち着く場所だからといって……。


 その光景を思い出したルインは、溢れてくる激情に体が動かなくなった。


「……ルインどの……」


 ノルベットの声で体の強張りが解け、固くなった顔を和らげた。


「失礼。それで、賊の手がかりは?」


「賊の人数は最低でも十四人。二組に分かれての侵入です。店内に押し入った賊にはマグナの剣を持つ者がいたようですが、離れに押し入った者より劣るようで貴方の仕掛けに阻まれたようです。あと、ヘレアルさんを襲った者は魔剣使いのようです」


 答えたのは第一分隊の副隊長たるデットだった。


「貴方の仕掛けに寄って死んだ者は六名。負傷したと思われる者は四名。全てが離れに押し入った者たちです」


 離れの仕掛けはここ以上に念入りに仕掛けてある。核石弾かくせきだんの直撃を受けてもびくともしない結界を施してある。魔導師だろうと防ぐ自信はあった。まあ、納得の成果だ。


「こちらは見ての通り凄まじいが、死人は出ていません」


 その言葉にルインはデットに振り返った。


「死人、といいましたか?」


「え? ええ、死人はいませんでしたが……?」


 そんなはずはない。確かに離れよりは劣る。守るのは金じゃなく人だ。それが全てだ。だが、そうはいっても仕掛けた罠は特級魔道士ぐらいの腕で突破できるようなものではないのだ。


 ルインは再度店内を見回した。


 凝固剤や強力睡眠噴射剤、捕獲結界といったものは全てが発動しながら破壊されている。影は見せても体は見せない。まったくもって見事な手際であった。


 思考しながら店内を見回していたルインの視線がある一点で停止した。


 なにかと思ったノルベットたちがルインの見詰めるもの──壁に掛けられた絵を視線を注ぐ。だが、これといった異常はない。小さな羽虫が飛んでいるだけであった。


 長い間、絵を見詰めていたルインが肩を竦めた。


「……まったく、どこまでも厄介な賊だ……」


「ルインどの?」


 ルインの行動がまったく理解できないノルベットが戸惑いの目を向けた。


「ルディー隊長。特殊警備隊はきてますか?」


「え、ああ、念のため呼んではあるが……」


「では、魔術に長けた者と捕獲に長けた者を裏の廃物処理室の前に配置してください。それと、野次馬をできる限り遠ざけてください。もちろん、ご近所の方々もです。もし可能ではるのなら呼べる警備隊士を全てここに、紅百合亭を中心に半径三〇〇メローグ内に配置してください。お互いがお互いを確認できる距離で、なるべく見知った顔のものが配置されると助かります」


 意味がわからなかった。だが、この青年の力を知るルディーは、ノルベットを見た。許可を得るために。


「……ルインどのの指示に従え。責任はわたしが取る」


 これだけのものを見せられて否とはいえなかった。


「特殊警備隊は裏の廃物処理室に向かえ。わたしかノルベット様の指示がない限りその場を動くな。第一分隊は紅百合亭を囲め。第二、第三分隊は野次馬と住民を退去させろ。第四、第五は近隣領区に走り警備隊を呼び集めろ」


 ルディーの命令でそれぞれが動き出した。


 噂の強盗団が手がかりを残したという情報が各警備隊に伝わっており、多くの警備隊士が集まっていたため、ルインが想像するより早く退去や配置が完了した。


「ルインどの。いわれた通りに配置した。警備隊士も三〇〇名近く集まった」


 ルディーに報告されるまでその場を動かなかったルインが頷き、隣の厨房に向かった。


 厨房内も目茶苦茶に破壊されていたが、ルインは構わず廃物を捨てる扉の前に立つと、腰の飾りにしていた羽根剣を抜き放った。


「中の者に教えてやる。そこの壁はキニル合金ででき結界を張っている。例え核石弾でも破壊するのは無理だ。破砕機も人が、ある程度の大きさが入れば動かないようにしてある。まあ、爆発で死体は消せるだろうがわたしは殺せない。それで良いのなら魔力炉を停止してやる。勝手に死ね。いつまでもお前に付き合っている程こちらは暇ではない」


 やっとルインの真意を理解した警備隊士らが剣を抜き放ち、特殊警備隊士らは法術で編まれた捕獲網を構えた。


「出ていく」


 以外にも直ぐに声が上がった。しかも女の声であった。


 閉じていた扉が内側から開き、まず手が、腕が現れ、異様に細い体が現れた。


 全身を黒い服で覆い、顔は子供のように幼かった。


 しばらく女を見下ろしたルインは、突然、誰も反応できない速さで羽根剣を女の胸に打ち込んだ。


「──ルインどのっ!?」


 ルインが逆上したと思いルディーが飛び出した。


 この若者は剣を持たない。持ったとしても小柄くらいだ。だが、だからといって無手という訳ではない。剣など必要ないくらいの特殊武器や魔道具を仕込んでいるのだ。


 ルディーの手が体に触れる前に羽根剣を引き、女を見詰めたまま手を挙げてルディーを制した。


「わたしはルイン・カーク。この店の用心棒だ。もし、お前に名があるならいえ。なければしゃべるな。そのまま人形に徹しろ」


 女の目に憎悪が生まれ、鋭くルインを睨んだ。


「……我が名は、ターチ。火のターチだ……」


 ルインの表情に変化はなかった。なんの感情もなく、なんの気配もなく女を見詰めるだけであった。


 しばらく睨み合いが続いたが、先に視線を外したのはルインのほうだった。


「申し訳ありません。これ以上はお許しください……」


「……あ、ああ。彼女の側にいてあげなさい」


 ノルベットの言葉に一礼し、ルインは厨房を出て行った。


 ヘレアルの元に戻ると、母親の手を握るウージュの横につき、その穏やかに眠る顔を一緒に見続けた。

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