花屋敷を出たルインは、シリルに身を任せて“我が家„へと向かっていた。


 重い気分のままシリルの背に揺られていると、東の空が明るくなってきた。


 どうやらシリルが気を利かせてくれたようで、気分が落ち着くようにと遠回りしてくれたようだ。


「……朝、か……」


 シリルに止めてもらい朝日に顔を向けた。


 いつも見る朝日が今日はやけに眩しかった。


 ……こんな眩しい朝日を見るのは彼の人と戦って以来だな……。


 愛する人を救えなかった罪を償うために己の身を削り、己の心を押さえつけ、弱き者のために戦う男との戦いは壮絶だった。


 こちらの攻撃を真っ正面から打ち砕き、どんなに傷つこうが絶対に退かない。苦しければ苦しい程、愛する人を救えなかった罪を償えるとばかりに、嬉々として向かってきた。


 ……思い出すだけでも背筋が凍る……。


 確かに自分は天才だ。いや、天才を逸脱している。だが、それがなんだというのだ。愛する人を救えなかったことに挫け、彼の人の存在に震えている。ましてや彼の人の生き方を羨ましいとさえ思っているなんて……。


 どんどん負の闇に落ちて行く自分に気がつき、慌てて振り払った。


「いかんいかん。これでは本当に負けてしまうではないか!」


 ジャン・クーは確かに強い。自分を超えている。だが、彼の人の強さは負の強さ。愛する人を救えなかったことからきている。


「……そんな強さなどおれは欲しくない。そんなものを強さだと認めはしない……」


 そうだとも。そんな強さなど自分は認めない。それが強さだとは信じない。愛する人の死で得た力など本当の強さではない。愛する人はそんな力を認めたりはしない。生きてと、自分のために生きてくれといってくれた人を否定するのと同じではないか。


 だからこそ、自分は生きた。挫けながらも悲しみと戦った。彼の人と同じ力を得ないように、償いの人生にならないように、人を愛することを止めなかった。自分を鍛えてきた。今の自分がいるは愛する人がいてくれたから。それを証明するために自分はこうして必死に踏ん張っているのだ。


 そう自分にいい聞かせ、完全に負を追い払った。


「──ルインどのっ!!」


 突然の叫びに恥ずかしながらもシリルから転げ落ちてしまった。


「ルインどの、大丈夫ですかっ!?」


「あ、ああ。大丈夫……なんだ、グリスじゃないか」


 誰かの腕を借りて起き上がると、そこにいたのは、ジリートと同じ歳で、南エルレードを守る第七分隊の見習い警備隊士であった。


「もー! どこにいってたんですか! こんな大事なときにっ!」


 なにやら顔を真っ赤にさせるグリスの後ろから第七分隊の面々が道を封鎖していた。


「なにかあったのかい?」


「あったどころじゃないですよっ! 紅百合亭が例の盗賊団──」


 グリスの話を最後まで聞かず、ルインはシリルらをそのままに駆け出していた。

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