2
「……ルインさま…」
厩から灰色の美女を出していると、男爵夫人がやってきた。
ルインは手を止めて振り返る。
「申し訳ありませんでした」
頭を下げる男爵夫人にルインは笑って見せた。
「わたしが未熟なだけです。お気になさらず」
「……陽も傾いてきました。今日は泊まりになさって明日お帰りになっては……」
「ありがたい申し出ですが、止めておきましょう。わたしがいては皆様方の平穏を乱してしまいますからね」
──そんなことはない!
そう叫びたかったが、自分も含めて心が騒いでしょうがなかった。
これまで沢山の人を見て、たくさんの言葉を聞いて、その心に触れてきた自分ですら心を静めるのに時間が欲しいのだ。直接触れたアスファルなど未だに放心状態であった。
まあ、自分も一度経験しているので目の前から消えるのがせめてもの情けであった。
「わたしには公女の騎士にはなれません。ですが、良き友になれたら光栄です」
そういってシリルに跨がった。
「では、失礼します」
笑顔を残し、ルインは厩から出ていった。
門まで見送った男爵夫人は、その姿が見えなくなるまで門の前に立ち、しばらく佇んでから公女がいる部屋へと向かった。
小間使いの服からいつもの衣装に着替えた公女は、窓辺に立って庭園を見詰めていた。
「よろしかったので?」
公女の横に立ち、男爵夫人はそっと囁いた。
「……はい。今の私には止めることはできませんから……」
あの思いあの決意。とてもではないが今の自分にはどうすることはできない。あれはあの人の問題であり、世間知らずの自分が首を突っ込んで良い話ではないのだ。
「ルインさまが『姫様と友になれたら光栄です』と申してました」
公女は笑った。心から楽しそうに、誇らしそうに。
「ねぇ、男爵夫人」
「はい」
「私、あの方を騎士にしたい」
公女の願いに男爵夫人は力強く頷いた。
「ならば強く願うことです。そして、あの方に恥じぬ人となることです」
それでもあの人の心が動くことはないだろう。だが、道はそれしかないのだ。遠くても、茨の道であろうとも、あの人を騎士にしたいのならその道を進むしかないのだから。
公女は頷き、いつもの自分へと戻った。
「今日は本当に勉強になりました。良い人と出会えました。ありがとうございます」
この公女は頭を下げる。名や地位で人と接したりはしない。ありのままで自分を見せるのだ。
それはあの人と通じるものがあり、あの人を得る資格があった。
「こちらこそ良き出会いをさせて頂きました。久しぶりには心が踊りました」
本当に世界は広い。あの人のように優秀な人がいる。世間に隠れている。それはここに集まった者たちもそうであった。
「さて。最後の試験と参りますか」
「はい」
男爵夫人の微笑みに頷き、二人は部屋を出ていった。
公募者たちに自分と同じ道を歩んでくれるかを聞きに。
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