2
屋敷へと入り通されたのは、ちょと広めの、どこにでもありそうな応接間だった。
そこには先客がいて、それぞれの場所で思い思いのことをして暇を潰していた。
「よろしいので、わたしが入っても?」
案内した男爵夫人に疑問をぶつけた。
そこにいるのは明らかに公募者たちであり、次なる試練を待っているところであった。
「はい。私もこういったことは初めてなもので誰かいてもらった方が落ち着きますの。それに、姫様の騎士を決める試験など滅多に見れないもの。良い経験になるのでは?」
「確かに良い経験になりそうだ」
こちらを見る公募者たちを見回し、扉の横へと移動すると、なんとか立ち直ったアルアが入ってきてルインの横に落ち着いた。
「では皆様方、すぐに準備を致しますのでもうしばらくお待ちください」
そういって応接間を出ていった男爵夫人から横のアルアへと目を向けた。
「ここでやるんじゃないのかい?」
「この部屋の向かいに大広間があってそこでやるそうです」
「意外と広い屋敷なんだ。ということは、昨日はここに泊まったのかい?」
「はい。それも試験の一環とかで」
そうかいといって会話を終わらすと、唐突に一歩前に出た。
「お初にお目に掛かります。わたしは地方貴族の三男坊でルイン・カークと申します。今回のこととは関係ありませんが、どうかお見知り置きを」
それは手本のような挨拶であり、見事な“先手„であった。
挨拶というものは単なる礼儀ではない。相手の器量を量るための手段でもあるのだ。
それをいち早く理解したのは門側の窓辺にいた女性的な顔立ちの青年だった。
「これは挨拶が遅れました。わたしは貧乏伯爵の次男でマーベラス・ギジア・クロリカと申します。こちらこそお見知り置きを」
一見して今風の若者だが、こちらの意図を見抜く目といい洗練された動きといいなんと見事か。相手の身分が低くても失礼のない受け答えをする辺りは曲者の証拠である。
続いてマーベラスの向かいにいた大柄の青年が一歩前に出た。
「わたしは、アスファル・オズ・コクラスと申す」
言葉少ないところや体格からして武の者だが、お辞儀の優雅さからしてそれだけの者ではない。武術に負けないくらいの礼儀作法を身につけているのが良くわかった。
続くのは中央の長椅子に座っていた中肉中背の青年だった。
「わたしは、ニックス・オルロ。ルインどのと同じく貧乏貴族──といっても養子で妻子持ちですがね。いや、あの有名なルイン・カークどのに会えるなど光栄です」
口も悪く態度も雑だが、世の出来事に精通し、場を読む早さからして元冒険者だろう。あの、というからには裏の事情も精通してそうだ。
最後は庭園側の窓辺にいた、十三、四の少女だった。
「わっ、わたしは、シリア・ハズラーと申します! よろしくお願いします!」
ミナス帝国や大きい国では女性が騎士になることに忌避感はないが、なるまでの道程は男とそれ程変わりはない。
……でもまあ、自分好みにしたいのなら早いほうが良いか……。
「──失礼致します」
と、まるで自己紹介が終わるのを待っていたかのように扉の外から少女の声が上がった。
扉が開き、手押し車を押す小間使いの少女が入ってきた。
「お茶をお持ちしました」
年の頃はシリアと同じくらいの愛らしい少女ではあるが、その姿勢や態度がとても小間使いに出せるものではなかった。
男爵夫人の小間使いなら当然といってしまえば納得してしまいそうだが、身分ある男性(女性もいるが)の中に入るにはそれなりの勇気がいる。気後れせず堂々としていられるのは小さい頃からの訓練があってこそ。だが、目の前にいる小間使いの少女はそれとはなにかが違う。違うのだが、なにが違うのかがわからなかった。
男性陣(正確には青年組)がその少女に訝しんでいる中、ルインだけは横にいるアルアを見ていた。
入ってきた小間使いの少女を見たアルアが声を殺して悲鳴を上げたから反射的に振り向いてしまったのだ。
……なにをそんなに驚いているんだ……?
そんなアルアに小間使いの少女が気がつき、こちらを見てにっこり笑ってお辞儀をした。
ルインにはそれで充分だった。
……なるほど。そういうことなら遠慮はいらないな……。
悪戯っぽい笑みを浮かべたルインは、つかつかと少女に近づいた。
「一杯いただこうか」
「はい。ルク茶と黒茶がありますが、如何なさいますか?」
小間使いの少女は、臆することなくルインを見て愛らしく微笑んだ。
「そうだな。黒茶をいただこう」
はいと返事し、二つある茶瓶から一つを選び、黒茶を茶器に注いだ。
注がれた茶器を小間使いの少女から受け取り、湯気たつ香りを確かめた。
「……良い豆だ。これは君が淹れたのかい?」
「はい。そうでございます」
「そうか。では、やり直してきてくれ」
小間使いの少女の顔が強張った。が、強張っただけであった。
萎縮する訳でもない。かといって泣くわけでもない。身分ある男性から厳しいことをいわれたのに小間使いの少女は少しも挫けなかった。
「──ル、ルインどのっ!?」
アルアの叫びに小間使いの少女が泣き顔に変わった。
「もっ、申し訳ありません! すぐに淹れ直してまいります!」
「ぜひともそうしてくれ」
茶器を手押し車に置き、元の場所へと戻った。
「……アルア、それはなにかの踊りかなにかい?」
出て行こうとしている小間使いの少女の後を追おうか止めるかあたふたしているアルアを不思議そうに見るルイン。
これまたどう答えて良いものかとあたふたするアルアは、最終的に黙ることを選んだようで「なんでもありません」と俯いてしまい、ルインも追求することなく「そうかい」とだけ応え、公募者たちの目を気にすることなく本棚へと移動し、中から適当に一冊選んで読み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます