3
「うむ。良い味だ」
四度のやり直しでやっとルインは合格を出した。
小間使いの少女は、安堵のため息ではなく『どうだ参ったか』とばかりに鼻息を荒くした。
そんな少女に吹き出そうになるが、必死で堪えながらアルアに勧め、他の公募者にも配るように手を振って見せた。
優雅に一礼した小間使いの少女は、全員にお茶を配り終えると、手押し車を押して壁際へと移動した。
「お代わりのさいはいつでもお申しつけください」
そういってその場に止まった。
その行動が余りにも可笑しかったらしく、ルインはくつくつと笑い出した。
「……あの、なにか?」
「いや、な、なんでもないよ……」
これ以上見ていたら腹を抱えて笑い出してしまうと、小間使いの少女に背を向けるが、どうにも笑いが収まってくれない。ならばと、手の甲をつねって笑いを誤魔化した。
なんの効果もないままに、笑いを堪えていると、天の助けがやっと現れてくれた。
「お待たせしました。用意が整いましたので大広間へどうぞ」
こちらに背を向けて肩を震わしているのが視界に入っていたが、それを追求することはせず、公募者たちを大広間に移動させた。
「ルインさまもどうぞ」
「……は、はい。わかりました……」
なるべく小間使いの少女を視界に入れないように応接間を出ていきルインだった。
向かいの大広間に入ると、そこは舞踏会が開けるくらい広く、中央には半月の形で置かれた皮張りの椅子に付随する小さな卓が五組あり、対面にある質素な椅子は男爵夫人が座るのだろう。
「ルインさまはこちらに」
と、壁際にあった長椅子を勧められたので素直に従った。
「では、これよりルクアート公国公女、ラミア・オゼス・ルクアート様の騎士に相応しいかを審査します」
先ほどの優しい笑みがなくなり、厳しい表情へと変わった。
「これから質問を致します。自分の言葉でお答えください」
男爵夫人の言葉に公募者たちが了解とばかりに頷いた。
……おや? 質疑応答とは普通だな……。
「では、質問致します。貴方の武器、もしくは得意なものはなんでしょうか?」
公募者たちが眉を寄せた。
それはそうだろう。騎士になろうとしている者に武器、または得意はなにかなど、馬になにが武器でなにが得意かと聞いているようなものだ。
「アスファルどのからお願い致します」
右端にいた体格の良い青年は困惑しているのか、なかなか声を出そうとはしなかった。だが、そのまま沈黙を続けるのは不味いと思ったのか、慌てて表情を引き締めた。
「わたしは、剣が得意です」
なんの捻りもない答えだが、男爵夫人は頷き一つして隣のシリアへと移った。
「わ、わたしは、弓が得意です。あと、シロクレア流の風魔術を心得ています」
また頷いてニックスへと移った。
「そうですね。武器は一通り使えますが、どれも極めたとはいい難いし……あ、旧式の飛空船ならば飛ばせます」
それにも頷くだけですぐにアルアへと移った。
「わたしは、まだ修行の身なので武器と呼べるものも得意と呼べるものもありません」
また頷いてマーベラスへと移る。
「わたしも武器と呼べるものも得意と呼べるものもありませんね」
この質問の意味を考えていたルインは、マーベラスが一番正しい答えを出したなと思った。
普通、お姫さまを守るなら剣や魔術を習得していれば事足りるが、自分の道を歩みたいなどというお姫さまを守るのだ、剣や魔術だけが襲いかかってくるわけじゃない。嫉妬に悪意に逆恨みといった目に見えないものも退けなければいけないのだ、自分の武器や得意などいえるわけがない。
……つまり、口の固さと相手の思惑を見抜くためのものか……。
「では、次の質問に移ります」
などという裏がある質問が続いた頃、先程の小間使いの少女が手押し車を押して静かに入ってきた。
充分落ち着いたルインは、いつもの優しい笑みを浮かべて小間使いの少女を見ると、少女の方も落ち着いた態度で微笑み、一礼した。
公募者たちにお茶を配り終えると、小間使いの少女は手押し車をルインの横に付けた。
「お茶のお代わりが欲しいときはいつでもおっしゃってください。ルインさまも遠慮なくお楽しみください」
つまり、一番飲むだろう自分の横に置いたほうが効率的ということか。
小間使いの少女から茶器を受け取り、了解とばかりに茶器を振って見せた。
公募者たちが喉を潤すと、裏がある質問が再開された。
そんな問答を聞きながらそっと小間使いの少女に目を向けた。
……ほんと、世の中おもしろいことばかりだ……。
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