第三章 謎とは

 母からの催促の手紙が届いてもルインの生活に変化はなかった。


 いつもの場所で本を読み、飲みたいだけお茶を飲む。飽きれば気が向くままに散歩するして知り合いとの会話を楽しむ。至って平和な、ルインが望む毎日だった。


 だが、そんな平和もジリートの登場で打ち砕かれてしまった。


「……お前、もうここにくるな……」


 その手にある手紙を見ながら冷たく斬り捨てた。


 ……ったく。その手紙のせいでどれだけ悩み、どれだけ時間を消費したか。また同じことを繰り返すかと思うと愚痴りなくもなる……。


 なんとも親不孝なセリフだが、ルインの偽ざる本音だった。


「兄貴さぁ、帝都にきてから薄情になってません? 義母さんや義父さんがこんなに心配してるのにさぁ~」


「とても充実した毎日を送っていると伝えておけ」


「そーゆーことは自分でいってください! はい、手紙! ちゃんと返事出してくださいよ! でないとオレが怒られるんだから!


 手紙を卓に叩き付け、店を出ていってしまった。


 消えた義弟にため息を吐き、卓に置かれた手紙へと手を伸ばした。


 書かれているのは先日となんら変わらない。仕官する気がないなら帰ってこいとのことだった。


「まったく、手元には二人の息子と孫がいるんだから一人くらいいなくても良いだろうに」


「それは無理というものですよ」


 と、ルク茶を運んできたへレアルが叱り口調でいった。


「親が子を思うのに人数は関係ありません。ましてや一番可愛がっていた息子が遠くへいってしまい寂しい思いをしているんです。近くにいた頃よりその愛情は強くなっていますよ。もしかしたら帝都に迎えにいくか悩んでいるかもしれませんね」


 へレアルは冗談をいったつもりだが、母を一番見てきたルインにしたら笑い飛ばすことはできなかった。まさしく息子可愛さに帝都までやってきそうな母親なのだから。


 ……とうさんのことだからかあさんを宥めてくれるだろうが、思い経ったらすぐ行動の人だからな……。


 いつになく真剣な顔をするルインにへレアルは戸惑ってしまった。


「あら、アルアさん。いらっしゃい。どうしたんです、こんな朝早くに?」


 と、店内を掃除していたマオの声が上がった。


 天の助けとばかりに振り返り、ルインのもとから逃げ出すへレアルだった。


 それ程深く考えていなかったルインもアルアに意識を向けた。


 夢と希望に満ち溢れた六日前とはうってかわり、全身から絶望が滲み出ていた。


 へレアルに連れられてきたアルアは、ルインに視線を向けることなく崩れるように長椅子へと座り込んでしまった。


「温かい羊乳と胃に優しいものをお願いします」


 心配そうなへレアルに大丈夫ですよと笑いかけ、へレアルもほっとした様子を見せて厨房へと下がった。


 視線をアルアに戻し、項垂れる姿を眺めた。


 ……似たような環境に生まれたのに自分は自由を求め、少年は騎士を目指そうとして苦悩している。まったく、どこで道を間違えたんだろうな……。


「……あ、あの、こんなことを頼むのは筋違いなのはわかっていまし。ですが、わたしには頼れる親戚も知人もいません……」


 意を決して顔を上げ、覚悟を決めて口にしたが、やはりそのまっすぐな性格が邪魔をするか、また項垂れてしまった。


「お姫様の居場所がわからないんだろう」


 ルインの言葉にアルアが顔を上げた。


「君がその口でいっただろう。広く公募はするが無能はいらない。能力がある者だけ自分の前にこい、と」


「……やはり、わたしには、騎士としての才能がないんですね……」


 がっくりと肩を落とすアルアにルインは苦笑する。


 心根も正しく性格も真面目だが、どうしても自分に自信が持てないところがあるようだ。


「まずは、食べて力を取り戻しなさい」


 厨房から出てきたへレアルが、アルアの前に鶏肉の煮込みと温めた羊乳を置いた。


「温かいうちにどうぞ」


「……すみません……」


 最初の一口はゆっくりと。二口目からは掻き込むように鶏肉の煮込みを口へと詰め込んでいくアルア。


 ……ヤレヤレ。高い理想を持つお姫様だよ……。

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