第二章 挑むこととは
1
ミナス帝国の帝都は広大であった。
皇帝直轄地区を中心に二十四の侯爵領区が囲み、上空には数百人が暮らせる規模の浮遊島が十二島も浮かんでいた。
一国並みの広さに匹敵する侯爵領区が二十四もあるのだ、初めて帝都を訪れた者はその広大さに驚き、樹海に迷いこんだような不安に襲われることだろう。
それは帝都に住む者もある意味に似たようなものだろう。
十二から十六に区分けされる侯爵領区には物と人が溢れ、欲しいものはだいたい手に入れることができた。そんなところに住んでいればわざわざ隣の侯爵領区に行く必要はない。商人ならまだしも街で働いている者は自分の領区から滅多には出ない。領区から出ずに人生を終わるなどという者も珍しくはなかった。
だが、時代は変わり始めていた。
光人の遺産から発掘された星渡る船により技法が進歩が、一番進歩したのは飛空船だろう。
まだ一般的な乗り物(移動手段)ではなく数は少ないが、飛空船の登場により地方にある大都市(主に公都)と帝都の距離は短くなり、旅行という言葉が高級層には馴染みにはなってきた。商人に至っては飛空船を一隻所有することが一流の証しになっているほどであった。
飛空船の数が増えるにしたがって帝都郊外にあった溜め池は、人工湖に改造され、周辺には宿屋や酒場が建ち並び、帝都を拡大させていた。
ルインが住むオルデリア侯爵領区にも長方形の人工湖があり、主に帝国内移動を目的とした飛空船を受け入れていた。
そして今、四〇〇リグ離れたルクアート公国からの月一の定期便が着水体勢に入った。
一般的な飛空船が着水するには三〇〇メローグ必要とするが、ルクアート公国からきた定期便は、一般的なものより小型で、二〇〇メローグもあれば充分着水できる船なので、なんとも軽やかに着水して第二埠頭へと接岸した。
船員や人夫が桟橋を掛け渡すと、中から乗客たちが出てきた。
旅行者の一団。商人の一団。仕事を求めてやってきた職人風の者。出張してきただろう官吏の者。そして最後に、十五、六の少年が出てきた。
着ているものからして貴族の出であり、騎士を夢見て上京した感がありありと出ていた。
少し離れた堤防に立つ二人の男もそう見えたらしく、信じてもいない神に感謝していた。
こういう輩はどこにでもいる。この付近に住む者なら嫌でも判別できるくらい軽薄な顔で、小悪党臭を出していた。
だが、少年は知らなかった。世間を知らなかった。帝都へようこそと近づき、口八丁手八丁で酒場へと連れていく。安酒を浴びるように飲ませて気を失わせる。そして、寝込んだところで金品を奪う、というなんとも単純で、もっとも楽な稼ぎ方だった。
「……後継者に困らない職業だな、本当……」
路地裏に捨てられた少年を見下ろし、ルインはしみじみと呟いた。
……しかしなんだ。あの姉弟といい、ジリートといい、どうして遠出するとこういう場面に遭遇するかね? 呪われてるのか、おれ……?
「運が悪いのはおれかお前らか、いったいどちらなんだろうな」
なんて逃げる男たちに問うたところで答えてくれる訳もない。
ため息一つ吐き、小物袋から礫を取り出して少年の荷物を持つ方に向けて放った。
路地を
「おっと、強すぎた」
もう一人が仲間の異変に気がつき、振り向いたところに礫を放ち、脇腹へとめり込ませた。
崩れ落ちた男らのもとへと歩み寄り、その顔を覗き込んだ。
「……やはり、小物か……」
こういう場面に良く出くわすので賞金首の顔は覚えるようにしているのだが、なぜか大物に当たったことがないルインだった。
このまま見なかったことにして立ち去りたいが、野次馬らに囲まれた今では逃げる方が面倒になる。偶然いた顔なじみに警備隊を呼んでくるように頼み、少年の荷物を取り返してやった。
「悪いな、シリル。遠出は中止だ」
「まあ、いつものことだしね」
ルインと出会って二年近くになる。夜と朝をともに過ごし、数々の危機を一緒に乗り越えてきた。このくらいの人助けて文句をいっていたらこの男を背に乗せることはできないというものだ。
聖なる獣にしては妙に人臭い相棒に微笑み、その耳許(半人の方)に口を近づけそっと囁く。
「じゃあ、帰りは翔ていこうか」
幻の下てシリルはニヤリと笑った。
「それでこそ"
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