第118話 襲われた少年

 前から後ろから、ふわふわと柔らかい感触とほのかに甘い香りが漂う空間で、ゆっくりと息を吐いた。


 若干目元や喉が痛い。

 椿の少し早い心拍の音か心地よく聞こえてくる。


 …どうしよう…顔上げるの恥ずかしい。


 最後に別れた時といい、こうして再会した時といい…。

 なんでこう、俺は白雪とか椿の前だといっつも泣いてるんだ…。

 昨日は白雪が泣いてたし…。

 ……やっぱり俺って、関わる奴をことごとく不幸にしていく疫病神みたいだな…。


「…凛君、落ち着いた?」


「…ん…。迷惑かけて、悪かった」


「気にしないで、お互い様だから」


「そうじゃなくて…。急に、倒れたりしたから」


 自分でも、何であんなことになったのかがあんまり分かってない。やっぱストレスかな。


「それは本気で心配したから反省して」


「美咲ちゃんの言う通りだね、それは反省して」


「…ごめんなさい…」


 こればっかりは大人しく謝るしかない。

 心配かけたことは事実だから。


 恐る恐る顔を上げると、今まであまり焦点があって無かったのか、椿の可愛らしい顔をとても久し振りに眺めたように感じた。


 少しの間、真っ直ぐに見つめ合っていると…突然後ろから、弱い力で耳を引っ張られた。


「なに見つめ合ってんの」


「凛君が私に見惚れてたんだよ。そっちこそ、いつまで凛君に抱き着いてるの?」


「私はいいの、凛華とはちゃんと分かり合えてるから。あと、今更凛華が見惚れるわけないでしょ。散々見て来てるんだから」


「は〜…なんかイラッとする言い方するじゃん」


 ……何というか、俺が関わらない様にしていたとは言え、この二人が仲良くなるとは思って無かったな。


「……その、白雪。もう大丈夫…」


「ほら〜…凛君も言ってるよ、使いもしないのに無駄なの付けてるから重いってさ」


 一言たりとも言ってねえよ。捏造しすぎだろ。

 あと使いもしない…って何?何の話?


「そもそも無い椿よりはマシでしょ」


「あるから、ちゃんと80くらいあるから」


「さっきから何の話だよ?」


 流石に気になって問いかけると、二人はどうしてか顔を見合わせるだけで答えようとはしなかった。

 てっきり俺に関係のある話かと思ったのだが、どうやらそうでも無いらしい。

 …じゃあ俺の上でその話すんなよ、意味がわからん。


「…まあ、とりあえず大丈夫…なんだよね?」


「ん、お陰様で…大分落ち着いたよ」


 もうしばらく、女の子の前で泣くようなことにはならない様に祈ろう。


「…ところで、凛君」


 椿はいつの間にかベッドを降りて、勉強机に付けられた鍵付きの引き出しを開けていた。

 急に…何をやってんだ?


「一つ、面白い事を教えてあげる」


「えっ…?なんか怖いんだけど……」


 引き出しから何かを取り出して、すぐに引き出しを仕舞うと、また俺の横に座った。


「実はね…。凛君が私の寝室に入ったのって、今までの人生で初めてなんだよ」


 ……そうだっけ…?

 あぁ、いやその通りだな。

 絶対に入らないように気を付けてたし、「部屋に来る?」みたいに誘われた覚えも一切無い。

 今思うと何でだったかな……。

 あ、そうだ…。今でこそ全く無いけど、遥香が寝室に入られるのは嫌がってたから「女の子はそういう考えなんだろうな」って勝手に思ってたんだ。


「……で、それ…」


 が何かあるの?

 と聞こうとした時…どこからか、カチャン…という聞き慣れない金属音が耳に入って来た。

 見回す限り、音が鳴る物は無さそうだが…あ、いつの間にか白雪が背中から離れて…。


「…え?」


 白雪は椿から何かを受け取る。一瞬困惑したように声を上げたが……。

 またも、カチャン…とやはり耳に覚えのない音が聞こえた。


「…えっ?さっきから何をして…うわっ…!?」


 白雪と椿が、半ば伸し掛かってくる様な形で押し倒された。


 俺はさっきまでベッドに座っている様な状態だったのだが、何故か今は両手を頭よりも上に上げた状態で寝転ばされた。


 あまりの急展開に頭が追い付いて無い。

 本当になんだこれ?

 …というか、手が動かせな…?


「…はあ!??なんでベッドに拘束されての!?」


 いつの間にか手錠の様な物で、ベッドの頭側にある棚が付けられた柱に両手を括り付けられていた。


「逃がす訳が無いじゃん、お母さん夜まで帰って来ないし…」


 今に至るまで、気付かなかった。

 いつから……?


 ……あぁ、いや…。別におかしくはないのか…。


 ………雫の姉だもんな、似たような事考えるか。

 …え?じゃあ…え?


「さっきから、ずっ……と。凛君の泣き顔なんて見てたせいで…。下着やばいんだよね…」


 気付いた時には、幼馴染みの泣き顔に発情する変態が、俺の目の前には居た。

 …死に体の草食動物を見つけた肉食獣かお前は…。


 椿の表情には覚えがあった。

 正確には、椿が俺に向けてこんな表情をしていた事は無い…と思うのだが、俺が見たのはそれじゃなくて……。

 雫に押し倒された時、あいつがこんな顔をしていた記憶がある。


「ちょっ…白雪はなんか言ってくれよ!助けて!」


「えっ、美咲ちゃんもヤるでしょ?」


「あ…。ん……まあ………。じゃあ…」


 満更でも無さそうに、白雪は頷いた。


「じゃあ…じゃねえよ!何をヤる気だお前等!!ってか、二人とも知ってる筈だろ、俺は…」


「知ってるよ〜…大丈夫。私、雫よりは間違いなく上手に…。あ、そうだ、美咲ちゃん。そっちの棚の…何番目だっけ、とりあえずゴム入ってるはずだから…」


「おい止めろ馬鹿!脱がすなぁ!」


 なんでよりによって姉妹両方に喰われなきゃいけないんだ!俺に主導権はねえのかよ!逃げるの選択肢コマンドを寄越せ!


「…凛君は自覚ないと思うけどさぁ〜…。凛君が困ってる顔とか、泣いてる顔とか声とかってさぁ…子宮疼くんだよね」


「それはお前が変態なだけだろ!」


「…ごめん、私も正直分かる…。すごい興奮するよね」


「なんでだよクソッ!」


 白雪が敵に回るとは思って無かった。

 雫が「白雪先輩となら良い」みたいな事を言っていた当たりで嫌な予感はしてたけど、まさか椿まで白雪を交えて…なんて考えを持ってるなんて、分かんねえだろ!


「大丈夫…力抜いて、痛くしないから。凛君は寝てるだけでいいから…ね?」


「どっかの妹と同じ事言いやがって!」


「…その…。ほら、雫さんに『何もしないで帰って来たら怒る』って言われたんでしょ?」


「それは白雪を泣かせた責任取って来いって言われただけで…」


 …いや、本当は体重ねて慰めて来いってマジトーンで言われたんだけど…。

 でもそっちは解決したじゃん!

 あと、百歩譲って白雪とのことが容認されたとしても椿はダメだろ!


「いい加減にうるさいよ凛君、私に隙を晒したのが悪いんだから、観念して下半身差し出しなさい。こっちはコッチは久し振りの上物なんだから…美咲ちゃんしばらく口塞いどいて」


「おいふざけんな!ちょ…待っ…んっ……」






 俺の幼馴染みはいつから性欲姉妹になったんだろうな?

 つーか、なんでちゃっかり白雪まで参加してるの?お前は止める側だろ。雫からGOサイン出てるせいで止めるに止められないし、椿に関しては遥香と同じで力尽くだと負けるし…。


 白雪からも椿からも情報が漏れ出す以上は、雫には全て白状する事になるだろうけど……。


 ………雫ってもしかして寝取られ趣味とかあったりすんのか……。流石に無い…よな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る