第110話 デート③
……あんまり顔には出してないけど……。すっごいはしゃいでるよね…凛華。
表情豊か、という程ではないが、椿や金村君が「演技派」だと言う凛華は…感情に対して全く別の表情や行動を取ることがある。
椿の話では、嘘が付けないから言葉ではなくて行動や態度でまるで違うような雰囲気を作るんだとか。
でも、ここに来てからの凛華は、いつもよりも明らかに独り言や笑顔が多い。
ハッキリ言って、いつもより可愛い。凄く可愛い。
ウキウキして、目をキラキラさせている姿が本当に珍し過ぎて、見てて微笑ましい。
「こっちはまだ、結構雪残ってるんだな」
「標高が結構高い場所だから。この辺りは、夏場とかになると野生の動物も見かけるんだって。小夜さんが『小学生のときは下校中にカモシカをよく見かけた』って言ってたよ」
しばらくは田舎らしい街並みを歩いていたが、そこから少しずつ野山に近い雰囲気になって行った。
橋の下にある河川を覗き込む凛華の横顔を見ているだけで自然と、連れてきてよかった…と心が温かくなって微笑みが溢れる。
本当は雫さんがこんな凛華の姿を見たかったんだろうけど…。こればっかりは見ちゃったら、その立場は譲らなくて良かった…と心から感じる。
「白雪、次はどこ行くんだ?」
表情がいつもよりも数段明るい。本当に女の子みたいになってきた…。
「この道をもう少し先。そろそろ暗くもなるし、ちょっとだけペースアップしようか」
「りょーかい」
本来の予定よりだいぶ寄り道、回り道をした。
沢山お店も見て回ったけれど…。私はずっと、若干幼くなった様にも思える可愛らしい凛華の事を見ていた。
「こういう所で、犬の散歩とかしたいな…」
「俺犬苦手なんだけど」
「一緒にするわけじゃないでしょ?」
「そりゃそうか」
鼻歌交じりに少し前を歩く凛華の声は、やっぱりいつもよりトーンが高い。
雲の切れ間から差す光は少し赤みを帯びており、まだ二月というだけあって、太陽が沈む時間は早い。
都会の街中で見かける凛華は、一人でいる姿を見ると簡単に人混みに消えて行きそうな程度には目立たない。
けど、こうして見ると…。
…男の子に対しては、あんまり言わないけど……ホント、美人だよね…凛華って。
「ん…?もしかしてあそこ?」
彼は不意に、まるで子供のように遠くに見えた大きな建物を指差した。
「そう、あそこ」
「………旅館っぽい…?」
「旅館だからね」
「……えっ、もしかして…」
「泊まりだよ?」
「…………聞いてないけど…?」
「聞かれてないから、言ってないよ」
思わずと言った様子で立ち止まった彼の顔には、いつの間にか浮かれた表情が消えていた。
私は問答無用で手を繋いで、半ば強引に引っ張って行く。凛華の手は優しい温もりを感じる。
「予約してた白雪です」
「はい、お待ちしておりました」
旅館に入り、数人のスタッフに荷物を預けて案内のもとで部屋に向かう。
その間、凛華は「なんでこうなったんだ…?」と若干混乱した様子で流されるがままになっていた。
「わっ…思ってたより広い。景色も良いし…。10月くらいだったら、紅葉も綺麗なんだってさ」
洋風な部屋の中から一転、窓の外を見ると和風庭園は雪化粧を纏っている。
「…露天風呂付きの二人部屋……って、白雪お前何考えてんだ……?」
恐る恐ると言った様子で聞いてきた凛華に、私は笑顔で答えた。
「別に、凛華が嫌がる様な事はしないよ。私はただ純粋に…小夜さんに『好きな人と泊まるならオススメ』って言われたから、言葉通り大好きな人とお泊りする場所に選んだだけ。多分……二度とこんな機会ないから」
意地の悪い言い方だとは思う。でもこれが一番、凛華の心に届く言い方だ。
一度だけ、とか二度目はないとか、凛華はそう言う言い方をされるのが好きじゃない。
いつもなら今度は、とか次の機会は…とかって返事をしようとする。
今回もきっとそうだろう、何かを言おうとした凛華の唇に、私は人差し指を当てた。
「…ん……」
「お風呂の前に、ご飯行こっか」
もう一度凛華の手を取って優しく握った。
さっきよりも温かい室内なのに、凛華の手は少し冷たくなっていた。
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