第108話 デート①

 少しだけ雪が積もった街並み。

 いつもよりも人が多い様に思う駅前で、俺は白雪を待っていた。

 冷たいベンチに腰を下ろして、落とした視界に映るスマホの画面は雫とのやり取りだった。


 俺は今日この日に至るまでバレンタインデーとかいう行事を完全に忘れていた。


 駅前に人が多いのも、雫の不機嫌さが文面から感じ取れる連絡が来るのも納得である。


 まあ…でも白雪とバレンタインデートってのは、気分的にとても良い。

 雫とか遥香からしたら気に入らないんだろうけど……。白雪はあの二人と違って雰囲気を作りながら部屋に連れ込んで押し倒したりとかしてこないからとても気分がいい。


「…凛華、待たせた?」


 不意に聞こえた来た声に視線を上げる。

 真っ先に見えてきたのは、ボディラインを見せつけるようなセーターと、視線がそこから動かなくなる大きな膨らみ。


「白雪は待ち合わせ5分前に完璧なタイミングで来るだろうなと思ってたからな…」


 言いながら、来るついでにカフェで買って来たばかりのホットコーヒーを手渡した。

 少し冷たい白雪の手と触れ合って手渡し、ついでに、あまり見る機会がない冬服の白雪を観察した。

 上に羽織ったチェスターコートとロングスカートにブーツという、らしい冬服ながら彼女にしてはとても珍しいコーディネートをしている。


「…見過ぎじゃない?」


「何を?」


「胸」


「あぁ…いや、いつだったか雫とか遥香がすげえ嫉妬してたなぁ…と思って」


「…雫さんは嘆くほどじゃないでしょ」


「遥香も普段の見た目よりはあるよ、嫉妬するのは…」


「…なに?生で見たことあるの?」


「…“生”って何…?裸なら、風呂場で事故って見たことあるけど」


 あの時はすっげえ焦ったなぁ…。

 余裕そうだった遥香の態度はよく覚えているが、それ以外は漠然と「成長したな…」とか思った様な、口走ったような記憶が曖昧にある。


 ベンチから立って歩き始めると、すぐ隣を白雪が着いてくる。

 ジト目をこっちに向けたまま逃がさないと言わんばかりに話を続けたきた…と思いきや、彼女はただ腕を組んできただけだった。

 …いや、それもちょっと止めて欲しい。


「っ…押し当てんなよ」


「仕方ないでしょ?腕組んだら当たるの…。大人しく喜んでおけばいいでしょ」


「……もしかして俺巨乳好きだと思われてんの?」


「違うの?割といっつも私の胸見てるでしょ」


 駅内に入ってもそんな話を継続する白雪はどこか上機嫌だ。

 普段だとこんな話は途中で無理やり切ったりするから、少し珍しい。


「ソレを強調するような制服の着こなしと体勢なのはどっちだよ」


「してる訳ないでしょそんな事、馬鹿じゃないの?」


「じゃあ夏場とかは俺と2人になった途端に胸元開けるの止めてくれ、気になるから」


「凛華に見られるのは別に言いよ、なんなら触る?」


「そういう誘惑にはノータッチで行くけどな」


 いい加減にしろ、なんで電車待ちながらおっぱいの話ばっかりしなきゃいけないんだ。


「気持ち悪い言い方にはなるけど…。俺は白雪だから見てるってだけで、他の人だったらあまりにも気にならない限りは確認しねえよ」


「確認する時はあるんだ」


「女の子でも気にするときは気にするだろ?」


「私は気になんないけど…。まあ、見てくる人は少なくないよ。こうやって街歩いてるだけても…ね」


 同意を求めて来るようにそう言うので、俺は視線を移した。

 んー……どうなんだろう?

 電車を待っているとすれ違ったり、近くで待っている人が白雪をチラ見する事は確かに多いかも知れない。

 チラ見する気になる理由はまあ、それぞれだろう。

 男にピッタリと引っ付いてるスタイル抜群の美少女を不意に見つけたら、それは男女関係なく気になるものだと思う。

 胸がどうのこうのとかは一旦置いておき。

 外見的な特徴だけで言うのであれば、俺の知る限りでは一番可愛い女の子も一番美人な女の子も白雪美咲だと断言してもいい。


 椿とか雫とかとの圧倒的な違いは纏う雰囲気だ。


 仕草が小さかったり目立つ行動をしなかったり、一見すると地味な雰囲気があって…話しかけると今度は少しだけトゲトゲしてるからクールな印象を受ける。


 こういう内面とか立ち振る舞いという部分は椿とは真逆とも言える。

 まあ、その立ち振る舞いで美少女っぷりをフルに発揮してたのが椿なのだとも言えるが…。


 そういう意味でいくと白雪は外見のわりには慎ましい性格をしているんだろう。それが彼女の魅力でもあるわけだ。


 …あれ、白雪ってなんで彼氏居ないんだ……?


「……白雪ってさ」


「なに?」


「男に告白された事ある?」


「無いけど」


 …………うっ…そだろ……?


 衝撃的過ぎる事実に愕然としていると、目の前にガタガタと音を立てて電車が止まった。

 ドアが開き、白雪に半ば引っ張られる様な形で乗り込む。

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