第102話 隙と余裕
………最近、静かだな…。
一月も、もう中旬。
学校が始まるのもしばらく先だが、俺の周りは数ヶ月前とは比べ物にならないほど静かになっていた。
基本的に、一人でいる時間が増えた。家に居る時は雫か雛が。外に居る時は雫か白雪が近くに居て、特に広がることもない話題をぼんやりと話している程度。
篠原千怜…俺の実母さんは何の心変わりか遥香の事をそれはもう気に入ってしまった様で、最近では遥香のほうが若干うんざりしているらしい。ついでに彼女の親友である如月友梨奈も、妙に遥香へ熱視線を向けている不思議だ。
一方でどちらも、俺の方には連絡を寄越す回数が激減した。
遥香的にはもう少し俺にかまって欲しい様だが、彼女の側にはいつも他に誰か居る。
俺の知らないところで妹の株が跳ね上がっている。
…まあ、なんだろ。それはそれでいいんじゃないかな。
瑠衣は来年が部活最後で、大学以降には、もうサッカーはやらないと決めているようだ。
その分、今はかなり張り切っているけど。
あいつには、あいつなりの考えがあるんだろう、尊重して応援するのが友達。
白雪は最近になって後輩たちの勉強をよく見ているが、中でも木下さんと雫の二人とは気の所為じゃなければ俺よりも有ってる時間とか回数とか多いんじゃないだろうか。
雫は本当に、連絡入れる度に「今白雪先輩と居ます」という返信がくるので、最早定型文になりつつあるのでは?と思ってるくらいだ。
雪こそ降ってないものの、厚着をしないと外に出る気力すら湧かない様な肌寒さを感じながら歩く下校帰路。
冬休みが終わってから、まだ誰かと二、三人くらきで下校をした記憶はない。
それくらい、最近は驚くほど身の回りが静かになった。
小さい頃からのことを考えると、初めてくらいの経験ではあるが妙に自分に馴染んでいる。
自分がここまで一人の時間が好きな人間だとは知らなかった。
むしろ、今までが騒がし過ぎたのかも知れない。
やっぱり俺は、自分一人で居る分には目立たないし騒がれもしない。
こういう状況になると、改めて思う。
瑠衣や白雪、椿と雫とか、如月達後輩メンツとか。
それと、案外遥香や篠原家の双子姉妹もそうだ。
…傍から見ると、俺一人だけ場違いなんだよな。
周りから見たら「でしゃばっている」様にしか見えないのかも知れない。
雫はともかくとして、他の皆とは距離をおいても、彼等以外でその事に違和感を抱く人は居ないだろう。
自分からあからさまに行動するつもりはないけど、このまま静かで、何の刺激もない日常が続いてくれたらどれだけ楽だろう。
けどまあ、そうも行かないんだろうな。
だって、そんな事を考えてその通りに事が進んだ前例なんて、俺の記憶に欠片もない訳だから。
せめて、もうほんの数日だけで良いから、こうしてただ学校と自分の部屋を行き来するだけの時間が過ぎてくれたら嬉しいんだけどな。
「あ、あの…すみません!」
不意に、後ろから声をかけられた。
なんとなく聞き覚えのある女性の声、振り向いてその姿を見た時。
俺は一瞬だけ「……あれ、この人誰だっけ…?」と本気で混乱した。
金のメッシュが入った少し癖っ毛な茶葉と、大きな宝石のようなタレ目の可愛らしい童顔。一方で抜群のスタイルとはちきれんばかりの巨乳という外見だけでもギャップの激しい女性。
「あ…って、君…。東雲君…?えっ、と…久しぶり…だよね」
若干の馴れ馴れしさを感じるその女の子、俺は数秒胸を凝視してから思い出した。
「えっと、斯波凪乃…さん?」
確か、中川さんの所の海の家で一緒にバイトをしていた人だ。大学生をしながらグラビアアイドルをやっていたはず。
「どうしたんですか?たしか、こっちの人じゃないですよね」
「うん、お母さんの地元は遠いんだけど…。ちょっと、お父さんの実家に来てて」
「もう正月過ぎてますけど」
「ふっふー…大学生は時間があるんです」
どこか自慢気にそういう斯波さん。以前に見た時は少しキョドり気味だった気がするが、大勢の前じゃないせいか何となく雰囲気が柔らかい。
「……せっかくだし、どこか寄って話します?」
「あ、そうだね。じゃあ…奢っちゃおうかな。最近この近くに、新しいカフェ出来たばかりらしいよ」
「えっ…と、悪いですよ」
「いいからいいから。使わなかったら親に持って行かれるだけだもん」
「……じゃ、お言葉に甘えます」
そう答えると、彼女はどこかいたずらっぽい笑みを浮かべた。
俺も釣られる様に微笑んだ。
……………知り合いに見られてるとも気付かずに。
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