エピソード4 言葉と心のキャッチボール

「…よく二つも三つも持ってんな、野球やってる訳でもないのに」


 言いながら、凛華はキャッチボールに付き合ってくれる。


「小さい頃は親とよくやってたんだよ。今はサッカーだけど…」


「一筋って訳でもないよね。この前とかバスケの助っ人行ったんでしょ?」


 美咲に言われて、数週間前の事を思い出す。


「怪我人出ちゃったみたいで、補欠の穴埋めだけどね」


「どうせ普通に活躍して来たんだろつまんねえな」


「怪我しない程度にね。サッカーの方は練習試合近いし」


「ああそう…。で、なんで今日はキャッチボール?」


「君と初めて話した時のこと思い出してさ。なんか久々にやりたいなって思って」


 僕の言葉に凛華は眉をひそめた。

 次に投げられたボールは、僕がジャンプして腕を伸ばしてやっと届くギリギリの所に飛んできた。


「…それで公園でキャッチボールかよ。あんまいい思い出じゃないだろ」


「いや、良い思い出だよ。僕と美咲ちゃんにとってはね」


「あぁそう。俺としては、でっかい足枷だけどな」


「ははっ、光栄だね」


 僕としてはこの光景を見る事が出来なくなる日が来ないことを祈るばかりだ。

 体を動かしながら凛華の悪態を聞いて笑う僕と、微笑みながら本に目を落とす美咲。


 今後一人ひとりが家族を持って行ったとしても、この光景だけはずっと見続けて居たい。


「…凛華は、クリスマスに用事とかあるの?」


「今の所はない。遥香達がクラス会無くなったからどうするか、みたいな話してたのは聞いたけど、流石に誘われてないし」


「なら、四人で温泉でも行かない?」


「…四人ってのは、天海さんもって認識で良いのか」


「他に誰居るの?」


「えっ…まあ。小島とか?」


「中島君ね?それ分かりにくいからやめなよ。葉月ちゃんなのは単純に女の子も二人の方が良いかなって」


「意地でも彼女と行きたいとは言わないんだな…」


「まだ、そう言うのは難しいよ。少なくとも家族に言える様になるまではね」


 そう…まだ家族の誰にも、天海葉月と付き合っているという話はできてない。


「「……なるのそれ?」」


「んー………無理。特に姉さんにはどう言えばいいやら」


「遥香さんが霞むレベルだからね…」


「…まあ、うん。あの人ほどは歪んでないからな」


「人の姉が性癖歪んでるみたいに言わないでよ」


「大分マイナーだろ。お前誕プレ何貰ったよ?」


「……飼い犬用の首輪……のリード。首輪は姉さんがしてたなぁ〜…」


「「……」」


 言葉を失う二人を見て、僕も大きくため息を吐いた。

 言えないよなぁ…姉さんには。


「美佳さん美人ではあるんだけどな…」


 姉の名前をつぶやく凛華。


「お互い、身近な女の子が狂っていくと疲れるね」


「お前は対して関わりない相手でも食われそうになるだろ、一緒にすんなよな」


「凛華は年下に押し倒されるし、金村君は年上に軟禁されるし。もう少しマトモな女の子と関わったら?」


 美咲がからかう様にそう言ってきた。


「美咲ちゃんはマトモでしょ」


「まあ、俺らがおかしいだけで普通の頭してるなら白雪を選ぶよな…」


「可愛いしスタイル良いし性格良いし、生活力あって一途だし」


「頭良くて常識あるしな。あと可愛い」


「不意打ちの笑顔とか本当に美人だよね」


「勉強教えんのも上手いし、割とマジで欠点無いよな」


「そう思うなら、なんで君は美咲ちゃん振ったのかな?」


「どっかの幼馴染みに色々狂わされたからだな」


 少し強めのボールを投げると、パチッと高い音が響いた。凛華はグラブから手を出して赤く腫れた手を振った。


「いってえ…」


「僕一つ気付いたんだけどさ」


「…なんだよ?」


「僕の予想当たったんだよね。二択だったのが、ある日予想通り一択に絞られて、君はその一択を選んだ」


 ポカンとした表情の美咲と、少し考えてから舌打ちをした凛華。


「…気付いたなら放っとけよ」


「本当にそれで良かったの?」


「さあな。でも…良いんだよ。俺もなんとなく、こうなる気はしてたから」


「そっか、なら良いけどね。僕には頑張れとしか言えないし」


「まあ、大丈夫だよ。俺よりもよっぽど頼りになるから」


 言われてみればその通りだ。凛華よりも頼りになる女の子だと言えるかも知れない。

 少し前の情緒不安定だった凛華をきっちりと手中に収めたくらいだから。


 ……まあ、流石に椿ちゃんの妹なだけはあるよ、あの子はね。


 怪訝な表情で本を閉じた美咲に目を向けてから、僕は凛華と顔を見合わせて苦笑いをした。

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