エピソード3 ぶつかり合って分かる事
東雲凛華と殴り合いの喧嘩をしてから、一週間が経過した頃。
僕は部活の顧問と喧嘩して、体育館の運動部が休みなのを良いことにそこで部活をサボろうと体育館に入った。
そこには先に、運動部より活動時間の短い文化系の部活に入っていた美咲がいつものようにステージの上で優雅に足を組んで本を読んでいた。
「…君って、いつもなに読んでるの?」
「最近ハマってるのは推理小説か恋愛小説。あとは童話とか」
「ジャンル広すぎでしょ」
「物語なら何でも良いみたいな気持ちはある」
なんて話をしながら、前のようにバスケットボールをゴールネットに投げ込んでいた時。
体育館のドアが開いた。
先生が入って来るのかと思って警戒していたが、顔を出したのは長い前髪の少年だった。
僕らの顔を見るなり、前髪の奥で目を細めた。
「…君さ、黒崎椿の彼氏だよね」
突然、美咲が彼にそう聞いた。
「そうだけど、それがなんだよ?」
若干の警戒心を感じるその返事を聞いてから、僕はバスケットボールを投げ渡した。
「随分と不釣り合いだね。暇なら付き合って」
「…金村君って、サッカー部じゃなかった?」
「よく知ってるね」
茶番のようなやり取りをして、美咲は小さく笑った。
「そりゃあね」
僕らの会話を聞いてから、彼はため息交じりにドリブルを始める。
「不釣り合いなのは知ってる、幼馴染だから偶々そこに居られるだけだからな」
「幼馴染ねえ…」
「なんだよ?」
「別に」
特に嫌味を言う気はない。
僕は彼と向き合ってそれから一時間くらい、ただひたすら俺1on1で得点を奪い合った。
結果だけで言うなら僕の圧勝だ。
単純な技術も、スタミナも身体能力だって、流石に運動部をやっている僕には付いてこれないと思っていた。
けど、疲れて動けなくなるくらいにバテたのはほぼ同じくらいのタイミングだった。
一時間以上も、ほぼぶっ通しで全力で体を動かしていたのに、しっかりと最後まで付いてきた。多分、意地だけで。
ふと、美咲が僕と彼にスポーツドリンクを投げ渡してくれた。
中学校の近くにコンビニがあるので、わざわざそこに行って買って戻ってきた様だ。
「…意外に熱い性格してんだ、君」
そう言われた時、彼は思わずと言った様子で美咲から目を逸らした。
「……意外で悪かったな」
「本当だよ、ちょっと僕もびっくりした。思ったより動けるんだね」
「なんだ?煽ってんのか?」
「……その喧嘩っ早いのどうにかなんないの君」
「前はお前が喧嘩売ってきたんだろうが…」
少し思い返すと確かにその通りだ。僕は笑ってごまかす。
「…偶には、またやろうよ。今度はサッカーで」
「やんねえよ、何気にサッカーに持ち込んでんじゃねえ」
それから仰向けに寝転がった彼の表情はどこかスッキリしたようで、まるで憑き物が落ちたの様に爽やかな美少女顔だった。
「…今更だけど、俺お前らの名前知らないんだけど…」
「白雪美咲、昼休みとかはほぼ毎日図書室に居るから」
「…お前は?」
「僕は金村瑠衣。あ、君の自己紹介要らないから」
「……あっそう」
「で、東雲君…」
「マジで要らないのかよ…」
「『誰が好きであんな役回り…』の時、なんて言おうとしたの?」
美咲がそんな事を聞いた。いつの話なのかは僕も分かっている。その言葉を中断させたのは紛れもなく自分だから。
凛華は「よくも一言一句覚えてんな…」とつぶやいてから、大きなため息を吐いた。
「…別に深い意味はない。ただ、どんなに好きな相手だろうが四六時中ずっと一緒に居たい訳じゃないって、それだけの話」
「一人になったり、他の誰かと居たい時もあるってこと?」
「…さっき言っただろ、不釣り合いなのは分かってんだよ…」
そう言われて、一つ思い出した。
前に黒崎椿が言っていた「演技派」という言葉。
「なら、釣り合い取れるように努力すれば?」
「出来てたら苦労しねえんだよ、努力すりゃ何でもかんでも実るもんじゃねえだろ。環境は筋肉とは違う。……まあそもそも並ぼうってのが間違いな相手なんだけど…」
「…だってさ。金村君と同じタイプだ」
そう言われて思わず聞き返した。
「…なにが?」
「並ぼうっていうのが間違いな相手。自分一人で何でも解決する天才タイプ、努力要らない人」
「僕天才って言葉嫌いなんだよね」
「奇遇だな、俺も努力って言葉は嫌いだけど…」
「努力してなきゃ天才じゃない…とでも言いたいの?」
美咲がそう言ったから僕は笑って言い換えした。
「努力できるから天才なんでしょ、僕は出来ないから天才じゃないよ」
「ん…?天才って椿みたいな奴のこと言うんじゃないの?」
「…どういう意味?」
「人の何十時間とか、何十日とか何年って時間をかけて努力してきたことを数秒で越えていく奴のこと」
確かにそのイメージもある気はする。
「…まあ、どちらにせよ僕には当てはまらないかな」
言ってから立ち上がって、ボールを片付ける。
用具室から戻って、二人に声をかけた。
「お腹減ったからコンビニ行こうよ」
「私もう行って来たんだけど」
「一人ででしょ?三人で」
「…まあ、良いか。東雲君は良いの?」
「良いよ、どうせ椿は後輩に捕まってるから」
翌日から、僕たちは少しずつだけど顔を合わせて話す頻度が増えて行った。
いつからか、三人で居るのがごく当たり前だと認識されるくらいには。
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