エピソード2 ボレーシュートとサッカーボールキック 後編
「なに見てるの?」
隣の席に座る白雪美咲という、地味な眼鏡をかけた同級生。
僕が昼休みに窓の外を眺めていると、珍しい事に彼女から声をかけてきた。
「別に何も?」
「言葉と表情一致してないよ」
言いながら、彼女も少し上体を伸ばして窓の方に目を向けた。
「…あぁ、あの二人。なに、金村君も黒崎さん狙い?」
「さあ、どうかな。なんでアイツ何だろうとは思うけどね」
「幼馴染みとか言ってような。それ以上でも以下でもないんじゃないの」
「……なんか、気に入らない」
「…へえ、意外なこと言うね」
眼鏡を直す仕草をして、本に目を落とした美咲。
「なに?」
「別に何も?」
からかうような声のトーンに、少しだけ苦手意識を覚えた。
「…金村君って、人気な割にあんまり女の子と話そうとしないけど…。私とだけは、普通に話すんだね。一年の頃から」
「……だって君、僕に興味ないよね」
「ない事はないけど。他の子とは多少、方向性は違うかな」
「その方向性が僕にとっては重要だからさ」
「あそこに居る二人みたいな方向性は嫌なんだ」
「…あの二人は、何だろうね。なんか異様な感じしない?言葉で表すのが難しいけど」
「…まあ、言いたい事は分からなくない」
昼休みが終わるチャイムの音が聞こえた後、美咲は僕にしか聞こえない程度の声で呟いた。
「……今日も放課後行くの?」
「まあ…部活無いし」
「私も行こっかな」
「今、図書館改修して無かったっけ」
「体育館の方」
「僕しか居ないよ」
「話し相手居るのも悪くないでしょ」
「…まあ、君が話し相手なら悪くはないかもね」
「他の子に言うと勘違いするから?」
「他に何の理由があんのさ」
言ってから小さく笑い合うと、ゾロゾロと教室に入って来た女子たちが一様に僕と美咲の様子を見ながら次の授業の準備を始める。
そんな様子を見て、美咲は小さく笑った。
「…金村君も、大変だね」
「そう思うなら、僕と付き合ってみる?」
「冗談なら他所で言って。その役目務まるのなんて、このクラスに一人しか居ないでしょ」
「その一人彼氏居るんだよね」
呟き、教室に入ってくる美少女に僕たちは揃って目を向けた。
「へ?なに?瑠衣君、どうかした?」
「なんでもない。先生来る前に急いだ方が良いよ」
「え、あっやば」
なんて口では言いながら、先生が来る頃には余裕で隣の席と話していたりする彼女。
僕と同じくらい視線を感じて生活してる筈なのに、どうしてああも余裕を持って居られるんだろう?
◆◆◆
放課後、部活が無いので僕は学校からは少し遠い公民館へ向かった。
軽くストレッチをしてからサッカー…ではなく、バスケットボールを持って来て何度かシュートする。
体育館のドアが開いた音がして、美咲が来たのかと思い目を向けると…入って来たのは長い前髪を揺らす、地味な少年だった。
僕は最初、普通に声をかけようと思ったが、そんな思いとは裏腹に僕の口からは聞き方次第で暴言にも似た言葉が出てきた。
「有名な東雲くんじゃん、今日は彼女と離れてんの?毎日のように女の尻追っかけて楽しいかい?」
「……は?」
突然そんな事を言われれば、誰だってイラッとするだろう。
東雲凛華は、僕がシュートしたボールをゴール下でキャッチすると、それを少し眺めてから鼻で笑った。
「将来役に立つ訳でも無いのに必死になってボール追っかけるよりは楽しいかもな」
投げ返されたボールを、僕は無意識に蹴り返した。
サッカーボールと違って重量感の強いボールは、前髪の長い少年の横面に激突した。
「っぁ……!」
跳ねるようにして上体を揺らした少年は、少しふらつきながら前髪の奥から鋭くこっちを睨み付けて来た。
「…んだよ…?」
「スポーツやってる奴バカにしないで欲し…うわっ!?」
話してる途中で、少年は僕の顔面に向かって思い切り拳を振り抜いてきた。
その勢いのまま二発目が来る…と思った瞬間、ガクッと急に膝が折れて尻餅をついた時。
目の前に彼の足があった。
胸部の辺りに強い衝撃が走って、痛みと共に咽った。
「げほっ…げほ…」
「好きでスポーツやれてるお前らと一緒にすんなよ…。誰が好きであんな役回り…」
…人の事サッカーボールみたいに蹴りやがって…。
怒りが頂点に達して、僕は何の躊躇いもなく彼の顔に拳を叩きつけた。
それからは本当に、ただの殴り合いだった。
時間で言ったら三分もしてないだろうけど、僕は何度彼を殴ったかよく分からない。
彼にマウントポジションを取られて馬乗りになられた時、初めて正面からちゃんとその顔を見た。
少し腫れた頬と若干の涙目は僕のせいだが、それ以上に感じたのは、女の子みたいな顔してるな…という感想だった。
すぐに拳を振り下ろされるかと思ったが、突然彼の背にバスケットボールが当たって、僕と彼はボールが飛んできた方に視線を移した。
左手に開いたままの本を持って、右手で跳ね返ってきたボールをキャッチ。
少し振りかぶってゴールネットへと投げ込んだ。
ぽすっとネットにだけ当たると、何となく心地よく感じる音の後にボールが跳ねる。
「目障りだから外でイチャついて来なよ」
それだけ言うと、彼女は体育館のステージに座って本に目を落とした。
目の前の彼は小さく舌打ちをして、僕の上から立ち上がり体育館を出て行った。
その姿を見て上体を起こしてから、自分の体の状態に気付いた。
「…怪我…してない……?」
結構殴られたし蹴られた気もする。その一瞬は痛くとも今は痛くないし怪我をしている感じもない。
なんなら、最初のサッカーボールキック以外では、顔周りを含めた急所には全くと言って良いくらいに害を加えられていなかった。
「どうだった?」
美咲は聞いてきた。
「気に入らない奴と直接ぶつかって見て、どう思った?」
「……なんだろうね、普段なに考えてんのか知りたくなった」
立ち上がって、ボールを片付ける。
「あれ、思ったより元気」
「僕も思ってたより動ける。手加減されてたって考えると余計に気に入らないけど」
「運動部の人怪我させられないからでしょ」
「その余裕が気に入らないね」
「……まあ、先輩殴り倒す様な兄妹だから」
そう聞いて、僕は喉の奥からヒュッと変な音が漏れたのを感じた。
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