エピソード9 シスター
芥高校からは程遠い、自宅から車で十数分の位置にある大きな公園。
遊具はあまり無い代わりに、とても広い芝生広場がある。
時期的には真冬、クリスマス間近だと言うのに驚く程の快晴だった。
雲一つ無い青空と照り付ける太陽、若干冷たいと感じる程度の微風を肌に感じながらベンチに座る同級生に視線を移した。
「えっと…雫、来なくても良かったんだよ?」
「どうしても来たかったんです」
彼女は、日傘の下で呟いた。
真っ白で美しい肌を隠す黒いインナーの上にカーディガンを羽織って、サングラスとバイザーハットを装備している。
「…凛華が外で遊んでる姿なんて滅多に見られませんからね」
「雫はブレないね…」
「…アッチがブレ過ぎてるだけですよ」
視線は向けずに後ろを指差す。
一応そっちに視線を向けると…気温が高い為かアイスの売店や、クレープの店なんかがあり、屋外にテーブルが並んでいる。
目につくのは、いくつかのカップルと女子会の様な集団。
義兄である古山宏斗と腕を組んでクレープを選ぶ穂香。
友梨奈に「あーん」をおねだりされて若干ウザがっている遥香。
朝比奈唯はどうしてかここに来てまで美咲に勉強を教わっている様だ。外で勉強というのも、気分転換には良いのかも知れない。
そして、雫の視線の先では、我が妹の千春にサッカーを教える凛華と、少し離れた所で向き合う金村瑠衣の姿がある。
雫曰く滅多な事では見られないという、アウトドアな先輩の姿。
自分の妹と遊んで、とても朗らかな笑顔を浮かべている姿を見ると、確かに愛おしい気持ちになる。
「……凛華は“妹”って属性が好きなんですかね」
「…遥香と双子ちゃんは勿論、穂香と雫もだし唯もお姉さん居るもんね。違うのは私と友梨奈と美咲先輩…」
「…てことはちょっと有りそうですね」
「ボク達が勝手に懐いてるところもあるんだけどね」
寧ろそっちの方が大きい気がしないでもない。
年下に好かれやすい質ではあるのかも知れない、人見知りの激しい千春がすぐに懐いたくらいだから。
その凛華が信頼しているからか、瑠衣のことも案外すんなりと受け入れた様だ。
「…あの年齢で凛華と瑠衣先輩に挟まれてたら、間違いなく面食いに育つんじゃないですか?」
「え…。あ、まあ…ほら、いい人を見抜ける様にはなるかも」
「…小春は…例えば、恋人に唐突に『スマホ見せて』って言われても『良いよ』って即答できますか?」
「えっ、どうだろ…。やましいこととか無くても流石に躊躇うかも」
「あそこで千春ちゃんの相手してる二人は、誰に言われても『良いよ』って即答できるくらいの“いい人”ですよ、本当に見抜ける様になりますかね」
「………瑠衣先輩もそんな感じなんだ」
「遥香の話では『何を思ってるかは置いといて、この世の良心集めました…みたいな聖人』らしいですよ、凛華は喧嘩したのをキッカケに仲良くなったらしいですから、凛華と居るときは素なんでしょうけど…」
ボールに足を引っ掛けて転んだ千春を見て、揃って駆けつける先輩二人。
手を引いて立ち上がらせ、服に付いた草を払ってから怪我をしてないか確認している様だ。
「なんですかね、微笑まし過ぎてどうでも良くなって来るというか…」
「……二人共『千春が…』って言うとすぐに家まで来てくれそうなくらい優しいからなぁ…」
「それは、小春の事も信頼してるからですよ。母子家庭な事も知ってて、勉強も妹の世話も頑張ってる真面目な後輩を尊敬してるから、支えたいと思ってるんでしょう」
そう言われて少し恥ずかしくなった。
千春が産まれてすぐに離婚したから、ここ数年はずっと必死な母の姿ばかりが記憶に残っている。
それを少しでも軽減したくて、妹の事だけでも自分で見るようにしていた。
私は、あまり頭の出来が良くないから、必死に勉強していても授業に付いていくのが大変だったりする。
…あ、でも図書委員になってからは、寧ろ白雪先輩のお陰で家での勉強時間減ったんだよね…。
「…ボク何だかんだあの三人の先輩に凄くお世話になってるかも知れない」
「無償で頼れる内に頼っておくのが良いと思いますよ、凛華以外はとても優秀な先輩ですから」
…一番頼ってるの凛華先輩なんだよなぁ…。
他の二人にも本当に色々お世話になってるんだけど、どうしても家庭の事となると一番頼りになる。
最近は特に一緒に遊べていない小春には、小さいながら色々と我慢させているだろうから、こういう時に発散させてくれるのも有り難い事だ。
何気なくやっているけれど、機嫌を悪くさせることなく、人見知りしにくい様な相手を選んであそばせているのも、自分だけでは出来ないことだから。
「随分と熱烈な視線を送りますね…小春もですか?」
「ちっ…違うよ…。他に誰も先輩のことを気にしてないんだったら、そうかも知れないけど…。自分も家族の事で色々大変なのに、他人の家族のことも気にかけて行動してくれる先輩のことは本当に尊敬してるから」
そう言うと、雫はチラッと周囲を見回した。
「小春だから言うんですけど…。私、実は凛華にOK貰ったんです」
周りには聞こえないように小さな声だったが、雫は確かにそう言って再度凛華に視線を戻した。
「…それって…。“そういう”こと?」
「“そういう“ことです。ただ、少なくとも先輩が卒業するまでは周囲には秘密が良いらしいです。なので何か有った時に口裏合わせなんかを出来そうな人を凛華に聞いたら、小春が一番信頼できると言っていたので」
二人の秘密を守るために、私にも手伝って欲しいという事の様だ。
「……凛華先輩からそう言うってことは、本当なんだ…。良かったね」
「…はい」
サングラスを少し下にずらして、こっそりと微笑んだ雫の表情は本当に幸せそうだった。
もしかしたら、凛華が誰かと付き合う事になったら自分の心もチクッとするのかも知れない、なんて少しだけ思っていたんだけど。
雫の表情を見た時、本当に心から祝福できた事に何となく私自身も幸せに感じた。
「あ、じゃあ一つ教えて」
「なんですか?」
「雫って凛華先輩のどこが一番好きなの?」
「全部…と答えると残念ながら嘘になるので、あえて1つ上げるとするなら…」
てっきり全部って、即答するのかと思ったら、雫は少しだけ間をおいて優しく答えた。
「…椿だけじゃなくて、私のことも”幼馴染み“って言ってくれるところです。姉や両親や級友達へのコンプレックスにまみれた醜い私の心に、一人の女の子としての自分を自覚させてくれた。『椿と変わらない幼馴染み』って言ってくれたのは、私の一生を生み出してくれたのと同じだから。凛華にとっては当たり前の事…それを当たり前の事って言ってくれるところが、本当に大好きなんです」
彼がそう言ってくれる間は、それが本当に当たり前のように思えるから。
そう言う彼女の表情は、本当に優しくて幸せそうで、可愛らしい。
雫は凛華から視線を外して、少し恥ずかしそうにこちらを見た。
「…軽い気持ちでこんな事は言わないよ。私には、本当に凛華しかいないから。彼にとっての色んな立場を独占したがった遥香の気持ちも、異様な程に執着してた椿の気持ちも、本当は痛いくらい…よく分かる。でも……二人とは違って…。どうしても、自分よりも凛華の気持ちとか、幸せを優先したいって思っちゃったから……今のところは現状維持にしておこうかな……なんて、思ってたんですけどね」
「…あ、だからじゃない?凛華先輩が選んでくれたのは。秘密の関係というか、現状維持でも納得してくれて、でもお互いに想い合える関係だから」
「……そうだと、良いですね」
「あっ、やばっ!?」
突然聞こえてきたのは瑠衣の声。
雫はベンチから立ち上がり、かなりの速度で飛んで来たサッカーボールを平然と足で受け止めた。
「おぉ、流石…」
慌てて走ってきた凛華が呟き、千春に合わせてゆっくりと走って来た瑠衣も頷く。
「見てなかったんですけど…どうしました?」
「凛華が変なとこに蹴ったんだよ」
それがこっちに飛んできてしまったという事らしい。
「凛華にやらせるのが間違いなんですよ。身体能力はそこそこあっても、喧嘩以外では上手く使えないんですから」
雫の言葉を受けて、凛華がすねたように呟いた。
「どうせ喧嘩でも遥香に勝てねえよ。センスが無いからな」
「スポーツテストなら僕の下くらいに成績付けてるんだけどね」
その言い方で一瞬、この人よりも上がいるんだろうか?と疑問を抱いた時。
「金村君って全学年の中でトップでしょ、全科目満点評価なんだから」
白雪美咲が後ろから来て、雫の隣に腰を下ろしながらそう声をかけてきた。
「すご…」
「言ったじゃないですか。凛華以外はとても優秀な先輩だって」
「比べる相手が悪いんだよ、俺一応は全部の教科で学年平均より上なんだよ?かなり優秀だろ」
「どちらかと言うと、瑠衣先輩と美咲先輩がつるむ相手を間違えてるんですよ」
「それはある」
凛華は納得したように頷いた。
私達からしたら、これ以上にないくらい魅力的な人なんだけどね?
☆あとがき
アフター2 完結となります。
小春視点でおしまいなのは、ここに居る面子の中で唯一椿と同じ”姉“という立場だからです。
椿と違って、寧ろ凛華と同じ様に「妹に慕われるお姉さん」です。
ここで雫を「可愛らしい」と形容できるのはこの子しか居ない。
次がいつ更新されるかは分かりません。
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