エピソード8 如月友梨奈は患う 後編
「うっ……わぁ…」
翌朝。
教室に入ってすぐ、穂香が唸るように声を漏らした。
穂香の後から、背伸びして顔を出して教室を見る。
「これ…」
流石にやり過ぎなんじゃ、と思った。
私の使っている机に、大量の悪口や落書きが描かれてあった。
「…学校の備品どうする気なんだか」
「マンガでしか見ませんよねこの光景。悪口って案外ネットじゃ効かないからですかね」
「それは人によるでしょ」
いつもと変わらない無表情に抑揚のない声の遥香と、抑揚の無い声とは裏腹にこれをやった誰かの愚行を見下す様に笑った雫。
この二人はこんな事になっても、いつもと変わらない様子だ。愕然としていた私と穂香を放置して話を進める。
「どうする?」
「取り敢えず教頭に言って、机は交換したら良いんじゃないですか?犯人探しとか時間の無駄ですよ」
言いながらも普通に朝の準備をする雫。
「ちょっ、二人共なんでそんなに呑気なの!?」
「何でって、別に初めてじゃないんでしょ?」
日直だからか、こちらも普通に荷物を片付ける遥香にそう聞かれて、少し今までのことを思い返す。
「…机を汚されたのは初めてかな…。最近は慎ましくしてたつもりなんだけどね…。あはは…」
「その愛想笑いは慎ましくないですよ」
「…怪我させられないだけ良いと思うよ」
「どちらかと言うとその感覚直したほうが良いってば」
穂香のツッコミも虚しく二人は当然の様に席についた。
もはや、そんな二人の状態にクラスメイト達が呆然としているせいで、ぱっと見では誰がやったのか想像もつかなかった。
流石に慣れが過ぎるんじゃないかと私でも思う。
「まあ、取り敢えず先生に言わないと…か。私日直だし、ついでに話してくるよ」
「穂香は付いて行ったらどうですか?一人にしておくと何かされるかも知れないですから…。急いだ方が良いですよ」
「……そんな事……っ…!?ほ、ほら!早く行くよ友梨奈!」
「あっ、ちょ…押さないで!」
突然穂香に押されて教室を出ると、その後すぐに穂香は私の手を取って教室から距離を取った。
「穂香!どうしたの?」
「……遥香がブチ切れしてる」
「…えっ、嘘?」
「しばらく教室戻らない方が良いかもしんない」
呆れている様にしか見えなかったが、穂香の表情からは「ちょっとやばいかもなぁ…」という台詞すら聴こえてくるようだった。
「…うわっ…!?」
教室からはすこし距離を取っていたが、突如として「ガンッ!ガンッ!」と言うような何かが壁に激突するような音が数回に渡って聞こえてきた。
「……えっ、これ大丈夫?先生じゃなくて警察呼んだ方がいいっしょ?」
「冗談言ってる場合じゃないって!!?早く教頭先生呼びに行かないと!」
私と穂香は慌てて廊下を走り、職員室へと急いだ。
◆◆◆
「…あちゃぁ…」
「えぇ…」
どうやら、雫の急いだ方が良いですよ…という忠告の通りだった。
「おい!誰が何をしてこうなったんだ!?」
生徒指導の先生は意味がわからないと言った様に声を上げて、教頭先生は若干呆れたように頭を抱えた。
教室内では、和美を含めた二人の女子と三人の男子が悶絶して倒れている。表面上、怪我をしているようには見えない。
そこら中に倒れたり、壊れたりしている机を直すのは雫と数人のクラスメイト。その中には私の机も落書き塗れの机も。
遥香は、最近の鬱憤が溜まっていた様な無表情だったのが、どこかスッキリした様な無表情になっているが普段通り机に座っている。
誰がやったのか、という問いに対して…誰も答えようとはしない。何故なら何か言おうとした瞬間、遥香からほんの少しの視線を送られるから。
「蓮川さん達が、友梨奈の机に落書きしたみたいです。後のことは本人達に聞いて下さい、一応起きてますから」
小さく手を上げてからそう言ったのは、大体机を元に戻し終えた雫。
「…また如月の関連か……。何かあったら言うように、って言わなかったか?」
教頭先生にそう言われて、私は素直に謝った。
「えっと、すみません。あまり大きな問題にはしたく無かったんです…」
「ったく…。後藤先生、倒れてる五人を保健室に連れて行って下さい」
「は、はぁ…分かりました」
生徒指導の先生は器用に五人の手を取って若干強引に引っ張って行った。
そのついでに、私に空き教室の机を持って来るように言ってくれた。
その後ホームルームになる前。
全員に座る様促して教卓の前に立つ教頭先生の姿があった。
「あー…具体的に何があったのか…と言うのは、あまり事を大きくしたくないという被害者の如月の意向があるから詳しくは話せない。だから、少しだけ皆さんに話をしようか」
教頭先生はポリポリとスキンヘッドを搔きながら、珍しく荒い言葉を使わずに話をする。
「中学を卒業する前ぐらいに、親友と言えるくらいに仲の良かった友人と絶交した事がある。そいつは同じ部活の同級生にイジメられてた。俺も知ってはいたが、どうしても行動できなかったよ。かばうなりして自分が標的になったら嫌だからな…」
そう聞かされて、私は思わず遥香の方に目を向けた。彼女は興味なさげにあくびを我慢している。
「だから今回、形はどうあれクラスメイトに嫌がらせをされて、行動した人の事を個人的に責めたり説教することはしない。その代わりにあの五人にも学校から口を出すことはしない、制裁は済んでるからな。だが暴力は暴力だ、後で反省文を提出してもらう」
教頭先生はそれだけ言って、教室を後にした。
一応学校の理事長とはそれで話が付いたらしい。
“学校の対応”としては決して褒められたものではないが、生徒の行動がどちらも度を越した物であった事と、私の「保護者を巻き込みたくない」という意向を汲んでくれた事を考えると、他にやりようが無かったとも言えそうだ。
これ以上の対応となると、どうしても事を大きく荒立てる輩が現れるので、妥協点としては仕方ないとも思える。
…………というのは、後から白雪先輩から聞いた見解だ。
話を聞いている時、私の頭の中は後で自分も狙われるかも知れないという考えを一切無視して、私の為に怒ってくれた遥香の事で一杯だった。
以前に私を助けてくれた、彼女の兄に抱いている物と似たような、もしくはそれよりも強い感情が心に渦巻くのを感じながら、その日は一日中、遥香を視線で追っていた。
☆あとがき
友梨奈視点はここまでです。
後のことを顧みずに自分の為に行動してくれる人に、乙女チックな少女が惹かれない理由がないですよね。
暴力で解決するのは遥香の得意分野です。
何の躊躇いもなく男子生徒の
この章最後は木下小春視点の話となります。
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