エピソード5 “妹”という存在
「帰ります。聞きたいことは聞けたし、長居するつもり無かったから」
「私は泊まっていくから、また学校で」
「はい」
美咲にだけ挨拶をしてからさっさと家を離れる。
時刻は午後一時を過ぎたばかり。
色々と話をして、話を聞いて。
どうしても今日の内に凛華と話がしたかった。
何処に居たって良いから、取り敢えず彼の声を聞きたいと思った。
足早に田舎道を過ぎ去り、少しの余韻に浸ることもなく電車に乗り込んだ。
本当なら家に連れ込むくらいしたいけれど、今彼は篠原家に滞在しているらしい。その時間を邪魔したくはないが、どうしても心が逸っている。
電車から降りて駅を出た時。
「………ぁ…」
求めていた彼の姿を見つけた。
ただ、その両脇は双子姉妹にがっちりと固められている。その様子を見るに、この近くでお昼ご飯でも食べていたのだろう。
人混みに隠れるのは苦手だが、私は彼の声が聞こえるくらいの距離に立った。
「…っ…。乃愛、あんまりお兄ちゃんのこと引っ張らないで」
「くっ付きっぱなしの雛が言えたことじゃないでしょ。ほら行こうよ」
「揉めるなって…。あと、そろそろ帰るぞ」
随分と懐かれてる様だ。凛華はまんざらでもなさそう…と言うより、流石に若干疲れていそうに見える。
この様子なら寧ろ、話しかけても問題は無い気がする。
「凛華“兄さん”も大変ですね、妹が増えると」
背後から肩を叩き、言いながら前に回り込んだ。
若干を頬を引きつらせた凛華の顔を見て、私は思わず微笑む。
「そんな『面倒な奴が来た』、見たいな顔しないで下さい。偶然見かけたから声をかけただけです。お二人も、こんにちは」
警戒心全開の双子姉妹は、ぺこっと小さい会釈をシンクロさせた。
「…雫も、何処か行ってたのか?」
「実家に顔出して……。表情どうなってるんですか。姉妹なんですから実家で顔合わせたりはしますよ、流石に…」
あからさまに顔を顰めた凛華に、思わず苦言を言った。
「まあ良いです。明日、少しだけお話したいんですが、時間ありますか?」
「…一応、久しぶりに何もないけど」
「なら午前中に少しだけ、お願いします」
「椿の事じゃないだろうな」
「違います」
そう答えると、凛華は小さく息を吐いて腕にくっついている二人の手を振りほどき、ぽんっと姉妹の頭に手をおいた。
「…二人とも、悪いけど先に帰っててくれ」
「「えっ…」」
「俺もちゃんと帰るよ。時間はかからないんだろ?」
「時間はかかりません…けど、別に良いですよ。大した話でもないですから」
「なら二人が居ても話せるだろ、話したくないならそう言うことだ」
「…二人にされると、どうしても長引かせたくなるんですが…」
「あー……。まあ、それでも良いよ、夜ご飯の前に帰らせてもらえるんなら。だから、二人は先帰ってくれ」
凛華の言葉で少しだけしゅんとした表情で手を繋いで歩いて行った二人を見て、若干の罪悪感を覚える。
「…私まで嫌われそう」
「そこまで小さい人間じゃねえって…。雫の家のほうが近いよな、送るついでだ、そっちで話そう」
その言葉に頷いて、彼の横に並ぶ。
「シスコンは今に始まった事じゃないですけど…最近は遥香が不機嫌なので、ちゃんと相手して下さい」
「………ごめん、もうちょい耐えて」
「それが嫌なら私の相手もして下さい」
「お前は俺が相手しなくても不機嫌にならないだろ…」
言われてみるとその通りだ。転校前と比べると、ちゃんとした友達付き合いがあるお陰か、ストレスもないし、家に居ても気に掛けてくれる人達が居る。
それでも、彼がこうして少しだけでも自分の為に時間を割いてくれると、嬉しくなる。
自宅に着いて、彼は疲れたようにソファへと腰を下ろした。私はそのすぐ側に膝をついて肩を抱き、頬に口づけした。
「…どうした急に……」
「気にしないで、ただの嫉妬だから」
「……いつ誰と居ても、別の誰かに嫉妬されるって…俺どうすりゃ良いんだよ」
「全員にいい顔する必要はないよ。少なくとも、他の誰かが居る時は私のことは優先しなくていい」
「…珍しい事言うんだな、なんかあったのか?」
「別に。苦労してるなって思ったから」
とても好きだし、ずっと私を気にしてて欲しい。けど、私は自分の事で悩ませたい訳でも苦心させたい訳でも無い。
今はまだ、少しで良いから気にかけて欲しいだけ。
「さっき居た双子ちゃんとも、ほんの少しだけ関係るんですが…。実はあっちで面白い話を聞きました」
「…面白い話?」
「はい、ウチのお母さんと篠原千怜さんが、学生時代の同級生だったとか」
「…………えっ、うそ?」
「本当です。それで、少しだけ思ったんですよ」
「なにを?」
「もし、凛華が東雲じゃなくて、篠原だったら…。本当の意味で幼馴染みだったのは、椿じゃなくて私だったのかなって」
ただの妄想でしかないが、電車に乗っている時に少しだけ思いついた話だ。
もし、篠原千怜さんが凛華を生んだ後で、親子が離れ離れにならなかったら。
どうあっても私はあの田舎に置かれたままに、椿とお母さんはこの街に引っ越しただろう。
でも、千怜さんはお母さんと同じ高校に行き、四苦八苦しながら実家で凛華を育てたかも知れない。
お母さんの話では、多少ながらお互いの家を行き来する程度の仲ではあったらしいから、もしかしたら…出会う機会は椿より、私のほうが多かったかも知れない。
それを凛華に話してみると、凛華はぼんやりと呟いた。
「……止めてくれよ、雫。ただの妄想なんだろ?」
「そうだよ、ただの妄想」
「……遥香とか、皆には悪いけど…俺もその方が良かったなって、思った…。思っちゃうよな…」
そう言ってくれるとは思って無かったから、私は少し嬉しくなった。凛華は案外、田舎に居た方が良かったのかも知れない。
…でもさ…。
「今だって、別に悪くない…でしょ?」
凛華も別に悪いなんて、言うつもりはないんだろうけど。
彼はギュッと目を瞑って、一度言葉を飲み込む様に口を開いて閉じてを繰り返す。
ゆっくりとまぶたを上げた凛華の瞳は、少しだけ潤んでいた。
「雫は……。いつまで、俺の事好きって言ってくれるんだ…?」
「…聞きたいことの意味が分からないけど、今の所は一生の予定」
予定が変わることも中々無いと思う。
凛華は、潤んだ瞳を私に向けて、小さく笑った。
「ごめんな、雫」
その答えも、今は仕方が無いんだと思う。椿の事があったばかりで、今は篠原家のことも遥香の事もある。
まだ友梨奈だって、穂香だって…多分美咲も諦めてる訳では無いだろうから。
今後、その答えを変えられるように努力していけば良いだけ。
「…俺も好きだよ」
変えられるように…と、そう思った瞬間だったから、何を言われたのか少しの間、分からなかった。
「……俺が言って欲しい事とか、言われたいこと…本当に全部言ってくれるんだよ、雫は」
不意に、金村瑠衣と東雲遥香、二人が言っていた言葉を思い出した。
凛華が好きなのは昔の椿だけだったという話。
凛華にとって椿は“家族”と同じだったという話。
つまり、凛華の中で椿という存在が「幼馴染み」から「家族」に移り変わった瞬間がある…という事。
「…やっぱり、だめだ…最低だよ俺。いつまで経っても頭から離れない…。遥香が恋人みたいに振る舞おうとしてるのを見ると……んっ…」
言葉を遮るように、彼の唇を奪った。
これ以上話をされると、本格的に凛華が毒を吐きそうだ。
…白雪先輩の前で色々吐き出した時も、多分こんな感じだったんだろう。
一度顔を離すと、相変わらずの幼さと愛しさを感じる可愛らしい顔立ちに、涙が伝っていた。
ソファの上、馬乗りになるような形で凛華を押し倒して、今度は彼の首筋にキスをした。
「……両想いだって言うなら、椿に邪魔された…前の続き、しても良いですよね…?」
少しの沈黙。
自分と凛華の、呼吸と鼓動の音しか耳に入らない中…静寂を破る、凛華の言葉を待った。
「……………いいよ」
◆◆◆
凛華が帰ったのは夕方頃。
私は自室のベッドで横になり、裸のまま眠気が来るのを待っていた。
頭では分かっていても、実践するとなると案外難しいもの。
その人がどんな相手を好きなのか分かっていても、やっぱり自分がそうなるのは難しい。
人生で初めて、椿が自分の姉だったことを有り難いと思ったと気がする。
いつでも余裕があって、可愛らしく、どこか妖しく、魔性と言える魅力がある特別な女の子。
それは凛華にとってだけじゃなく、誰に対してもそうだった。
姉妹と言うだけあって、案外自分にも同じ様な魅力があるんじゃないかと思っていた。
一度その魔性に魅せられた凛華が惹かれるのは、やっぱり同じ様な魅力の様だ。
けれど椿と違って、私がその姿を見せるのは凛華一人の前だけで良い。
下腹部に残る痛みと熱は不思議と不快に感じることはなく、彼の匂いが少し移った布団とシーツに包まれていると寧ろとても心地が良い。
椿の、夢の無い初体験の話を聞いていただけに、半ば諦めてはいたが。
この状況は、転校前に思い描いていた、その通りと言っても過言ではない未来だった。
私は何とも言えない満足感を抱いて眠りについた。
☆あとがき
行動するって大事ですよね。
本編のメインヒロインは遥香ですが、凛華は彼女の告白に言葉でなにかを示すことはせずにキスをしただけでした。
ついでに言うと、凛華のファーストキスの相手は雫です。
………はい、本編後にこうなるのは決まってました。彼女は“シンデレラじゃない”ので、彼女にとってのハッピーエンドには中々なりませんよね。
次話から、如月友梨奈の視点となります。
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