エピソード4 実現出来なかった未来

 美咲は椿に一週間ほど前にあった、凛華とのお泊りについてとても丁寧に話した。


 私もさっき手短に聞いてはいたものの、具体的に凛華の状況を聞くと、ここ数週間の凛華の態度にも納得が行った。


「…通りで遥香の機嫌が悪いと思ったら。意図的に一緒に居るのを避けてたって…」


「………美咲ちゃんって実はサディストだよね。なんでその話を私にするの…」


「普通に相談なんだけど」


 私は凛華ほど以前の椿のことを知らないし覚えていないから、あまり言える事はない。


 ただ当の本人としては、「昔は良かった」なんてそう何度も言われてはイラッとする事もあるんだろう。


 それはそうと、椿は珍しく、話自体は真面目にしてくれた。


「私は知ってたよ、凛華が両親から邪険にされてたのは。本当の子供じゃなかった…みたいな話も、された記憶あるし」


 やはりというべきか、ある程度椿は知っていた様だ。


「てかとぼけた顔してるけど、この話は雫も関わってるでしょ」


「…凛華の話では私の名前なんて出てこなかったんじゃなかった?」


「どう考えてもあんたと同じじゃん」


「……?」


 椿は一度キッチンの方に視線を移してから、声のトーンを落として話を続ける。


「…あんたみたいに、親に煙たがられて、家から追い出されるのが怖かったんでしょ」


 言われて、ハッとした。


「時期的に、雫と凛華が初めてあった頃と、凛華にその相談されたのって同じくらいだし。だから多分…遥香と本当の家族になりたかったんじゃなくて、って深層心理が働いたんじゃないの?」


 もしそうだとしたら、椿以外に気付ける人なんて居なかったんじゃないだろうか。相談されたのは彼女だけだったのだから。


「…凛華は、自分の行動理由に気付いたから全部自分のせいだ、なんて言い出したんだよ。遥香とは兄妹としていたい気持ちがあるから…。そりゃあね、美咲ちゃんにしか相談できないよ。だって遥香は恋人になりたいとかのたまってるんだもーん」


 そして、凛華は私に「お前の二の舞いは嫌だったから」なんて言える訳もない。


 美咲に相談するのは、本当に他に言える人が居なかったから。その美咲も椿の肩を持ってるんじゃないか…という状態なのであれば…。


「人間誰だって、目に見えない物を信じるのは難しいし、軽視するよね。凛華だって顔も知らない実親より、今ある家族を壊したくなくて遥香に寄り添うようになったんだし」


「守ろうとして、何もかも噛み合わなくて、今に至るのか…」


 美咲の言葉に対して、椿は若干責めるように「違うってば」と遮った。


「噛み合わせ悪くしたのは凛華の周りの環境である私達でしょ、勝手に崩れて壊れていったのもそう。凛華なんにも悪くないよ、“自分の居場所を守っただけ”なんだから。それで責められるんなら悪いのはもはや世の中」


 凛華は直接的な原因とは言えない。

 彼の行動を見てまわりが勝手に狂って行っただけだ。

 凛華本人は殴り合いの喧嘩にでも発展しない限りは、誰にも被害を与えてない。


「体で慰めるか…」


「効いた試しなんて無いくせに何言ってんの?」


「凛華に性欲がある様には見えないかな…」


 キスしたら恥ずかしがるし、体を押し付けると初心な反応をしてくるが、下が反応してる姿を見た記憶は確かに無い。


「誰にも言えない特殊性癖がある…とか」


「凛華に?まさか…」


 コトッと温かい紅茶が目の前に置かれた。いつの間にかすぐ近くに居た母の小夜がお茶菓子を用意していた様だ。


「雫は、ちゃんと凛華によろしくしてもらってる?」


「…話聞いてたんなら、分かるんじゃ…」


 椿がそう言うと、くすっと柔らかく微笑んだ。


「急に小声になるんだもの、そこまで聞こえてないわよ。お母さんの悪口でも言ってたの?」


「悪口は言ってないよ」


「あらそう。女三人揃って凛華の話ばっかりなんてつまらないわね」


「…お母さん私達と同じくらいの年齢で私のこと産んでるんだから色々違うじゃん」


「浮気で妊娠した椿は人の事言えない…」


「…ぅ…」

 

「同級生にも、私と同じくらいで懐妊した子は居たわよ?私と違って子供と引き離されて、それはもう泣いてたわね」


 小夜のそんな話を聞いて、私達は強い既視感を覚えた。


「私は両親に支えられたけれどね…ちょっと不憫に…」


「…あの、その方って…千怜さん、ですか?」


「あら美咲ちゃん、知ってるの?」


「………凛華の実親です」


 色々衝撃だ。

 言葉が出ない、というのはまさにこの事。

 美咲は小夜に、篠原千怜と東雲千隼が姉妹であることと、ついでに今の凛華の家族について説明をする。


「お母さん、その千怜さんと千隼さん両方知ってたんなら、気づかなかったの?珍しい苗字だし…」


「初めてあった時には千隼は結婚してたもの、旧姓も東雲だなんて分からないわよ。似てると思った事もないわ」


「あ…そっか、その頃にはもう千隼さん、実家と仲違いしてたみたいだし」


「私も、高校中退して親元を離れていたから、気付きようも無いわね」


 この田舎から高校へ通って、

 お母さんが気付いていたら、少しでも東雲家の事を知っていたら。また何か変わっていたのかも知れない…なんて思ってしまう。


「…帰ったら凛華いるかな」


「今日は千隼さんが休みだから千怜さんの方に居るって聞いたけど…」


「一応、遥香を一人で置いておくことはしないんだ」


「あの子、ホントにシスコンよね」


「……そうだね」


「ですね」


「だね、凛華は…シスコン」


 それに間違いはないと思う。

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