第94話 椿の花
「…やば、完全に
話を済ませると、千怜さんは娘二人を探しに行った。あっちもあっちで逸れてただけらしい。
この人混みだから仕方ないとは思うけど。
…まあ、いざって時は連絡入れてくるだろ。
「……………あれ?俺スマホどこやった?」
…もしかして体育館に忘れて来たのか。まあ良いや、仕方ねえし一人で行こう。
そういう精神でクレープを買って食べ歩く。
と言っても、流石に飲食しながら校舎内には行かないが。
「…どこ行こっかな」
一人になったらそれはそれでどうするか迷うな。
どっかのクラスの出し物見に行くのが良いだろうけど、なんかもう今日は疲れたせいでどこか行く気も起きない。
文字通り一人になれる場所でも無いだろうか。
……あ…いや。あるわ…屋上行こ。
太陽の下でゆっくりしようと思い至り、さっそく足を早めた。
道中で、クレープのゴミはしっかりと捨ててきた。
やっぱり一人の時はいつもと違って全く人に見られない。
これが普通だよな、俺は。
いつもだけど、いつもがおかしいだけで…本来なら目立たない。
そんな状況に些細な嬉しさを感じながら到着した、誰一人として人影がない屋上。
コンクリートの床に腰を下ろして、ゆっくりと伸びをする。
「あー…駄目だよ、こんなところに居たら」
よく聞き馴染みのある声が聞こえて、背筋が凍った。
もしかしたら会うかも知れない、なんて思っては居たけれど…まさか追って来てたのか?
「……椿、お前なにやって…」
「“幼馴染み”を見つけたから話したいなと思って追ってきたんだよ、別に変な事してないでしょ?」
聞いた話では妊娠中だった筈だが、眼の前の彼女はごく自然体。
なんなら、以前よりも少し痩せたんじゃ無いかと思うくらいだった。
残暑が未だに汗を流してくるくらいの天気にピッタリの、夏らしい格好をした彼女は平然と俺の前に足を止めた。
「…店ちょ…じゃない、中川さんはどうしたんだよ?」
「帰ったよ、友達との時間を邪魔するのは悪いから〜って言って。本当にいい人だよ?」
「…本当にいい人かはさておいて、表向きは好青年かもな」
「捻くれてるなぁ〜…話した事あるんでしょ?」
「はじめてあった時から嫌われてるって事は知ってる」
「さっすが、相変わらず同性からの好感度は最悪だね」
「…知らねえよ…。てか、なんで俺の所に来たんだよ、友達とやらはどうした?」
「私、わざわざ凛華に会いに来たんだよ?」
余計なお世話だ、こっちは二度と会わなくても仕方ないと思ってたくらいだってのに。
「シンデレラ、名演技だったね〜」
「…椿、余計な話は要らない」
「……じゃあ、言わせて貰おっかな」
彼女は一息ついてから、しゃがんで俺と目線の高さを合わせてきた。
「今日、演技中の凛華と目が合ったよね?」
「………そうだな」
「私それで確信したんだよね。前からそうなんじゃないかな〜とは思ってたんだけど」
「……なんだよ?」
「凛華さ、ずっと後悔してるでしょ。不意に意識した時に、辛くなるんでしょ?」
何を言っているのかと思えばそんな事か。まあその通りだ。
俺は未だに、眼の前に居る彼女の事を引きずっている…それは間違いない。
やっぱり“幼馴染み”だから分かってしまうんだろうな、離れてる期間があろうと付き合いは長いから。
だとしても……それに気付いたとしても、だ。
「…凛華が言うなら、私も前の家に戻るよ」
なんでこいつこんなに強気に出れんの?
真面目に意味が分かんねえんだけど、確かに後悔はしてるよ、それは認める。
でもだよ?俺一回は明確に拒絶したよね、君の事。
「……いや、お前今は……」
…あぁ、いや…なるほど、そうか。
そう言えば、そうだったな。
なんで祢音が海外に連れて行かれる事になったのか考えれば分かる話だった。
…もう、中川さんに付いていく理由が無くなったんだな、こいつ。
あの人、跡取りだったけど会社そのものが無くなる可能性がかなり高いからな。
中川さんは祢音の叔父という立ち位置であり、その祢音は親の離婚と共に海外へ。
残った会社は、祢音の親の家側の影響があって大きくなったらしいから、その支援が無くなった以上落ちる以外には無い。
だから、俺の心に付け込んで戻ろうとしてるのか。
元の、幼馴染みっていう立ち位置に。
「椿お前、妊娠って嘘なのか?」
「あ、私が何やってたか気付いた?うん、流石に二回も同じ様な間違いしないって」
「……自分がかなり最低なことやってる自覚あんのかよ?」
「あるよ。でもそれより大事な事はあるし………ね、凛華」
いくらなんでも盲目的過ぎる…けど。……やっぱりエスパーだよ、俺の妹。
雫が俺達に、椿の妊娠が発覚したという事を話していた時。
確かに、遥香は言っていた。
遥香が雫にその連絡をしたのは、その話が必ず俺に伝わるから。
それは「好きな人にいたずらしたがる子供と同じ思考なんじゃない?」…と。
まさか、本当にその通りだとは思う訳がない。
俺が色々と悩む羽目になったのは、全部眼の前の彼女の思惑通りだったようだ。
本当に、ふざけてるよこいつ。
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