第93話 篠原千怜

「…えっと、さっきはこの辺りに…」


 一旦如月達から離れて、校庭側の屋台群に向かう。

 上から見た時はこの周辺に居たと思ったが、流石に移動したのだろうか。


 どっち行きそうかな、と思って辺りを確認していたら…覚えのある人影を見かけたのでそっちに声をかけた。


「母さん」


 とんとん…っと軽く肩を叩くと、女性振り向いた。

 その女性の顔を見て、俺は思わず「あっ、やば」と声を漏らした。


 その女性は少し遠くからみたら自分の母親とそっくりだったから。


 それもその筈、その女性の顔や雰囲気から…俺は知らないけど知ってる人だと気付いた。


「…すみません、人違い…」

「じゃ、ないわよね。君…」


 分かるよねぇ、顔見れば分かるでしょう。

 あの二人が来てたからもしかしたら来てるかもな〜…とは思ってたよ。


 なんで声かけちゃったかなぁ…。


「…凛華…?」

「あー……初めまして…ってのもおかしいな…。千怜さん…ですよね?すみません、母さんと見間違えて…」


 この人は間違いなく篠原千怜さん。俺の血縁上の母親で、母さんの妹だ。


 母とよく似た顔付きの女性が、自分のことを見てとても複雑な表情を浮かべている事に動揺しながら、俺は言葉を続けようとした時…。


「…凛華っ…!」

「ちょっ…と」


 女性に強く抱き締められた。

 俺は咄嗟に引き剥がして、女性の手を引いて歩き始めた。


 他人の目ある場所でそれは流石に勘弁して欲しい。


 人気のない体育館裏まで歩いて、改めて俺は女性と向き合った。


 母さんよりも目つきは少し柔らかく、全体的にツンツンした雰囲気が抜けたような印象を受ける。


 …こう見ると似てるようで似てないな。

 少なくとも、この人よりは普通に母さんとの血縁のほうが信じられそうだ。


「人前では冷静に居て下さい“千怜さん”…大人でしょ」

「っ……私は…。いや、それより…凛華、私達と一緒に…」

「その話は一度断ってます。今になって戻っても迷惑でしょう」

「迷惑なんかじゃ!私はずっと望んでいたのよ!」

「落ち着いてください、逃げませんから」


 なんで文化祭の日にこんな事しなきゃ行けないんだか。

 …俺が悪いのか、安易に声かけたりしたから。

 いやだって母さんに見えたんだもん…。


 まあそんな事を考えていても事態は収拾がつかないので、丁寧に話をしていくことに。

 少し落ち着きが見えたので、俺は目線の高さを合わせた。


「大体の事情は母さんから聞いてます。と言っても、俺はあの二人に会うまで遥香以外に妹が居たことは知りませんでしたけど」

「…姉さんはそんなことも話してなかったの?」

「いえ、俺がそういう話を聞こうとしなかったんです。正直、興味はなかったから」


 そう言うと、少し眉をひそめた。

 自分が必死になって取り戻そうしていた子供が自分に興味が無かった、なんて知ったらどんな風に思うだろう?


 複雑だろう、間違いなく。でもしかたない、事実俺は興味を持ってなかったんだから。


「今もあるかと聞かれると微妙なところですけど…。あの二人にも言ったように、拒絶しようって気は無いんです。ただ、間に挟まれっぱなしなのはキツイから、俺の歩幅に合わせて欲しいんです」

「………ちゃんと、歩み寄ってくれるの?」

「それは約束します。面倒なしがらみとか繋がりとか無しにしても、家族でしょ?」


 誰に責任があるとか、そんな事はどうでもいい。

 家族の形がこうなった原因もどうだっていい。


 だって過ぎた事だから。


 過ぎた事の言及してる暇があったら、その関係を本来の形に戻す努力でもしてたほうが有意義だろう。


 俺にその気がないから、本来の形には戻れないけど…ならせめて、元々あった家族の形くらいは修復してあげたい。


 主に母さんとこの人の関係と、母さんと実家の事だけど。

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