第67話 “もしも”

 時々、考える時がある。

 もしも自分が女の子だったら、どんな人間になっていたんだろう…と。


 そんな事を考える様になったのは間違いなく、夏休みに入ってからの文化祭準備で、シンデレラの役に決まったのが原因だろう。

 

「…兄さん思ったより華奢だね。雫と同じくらい白いんじゃない?」

「ほっとけよ…」

「夏場でも長袖着てる様な子が、女装ねえ…」


 あまり肌を出すのが好きじゃない…というのは昔からの事なのでそれは良いとして、問題はやはり着慣れない格好でよりによって家族と外出させられるという状況そのもの。


 現在俺はブランド衣服のお店の一角にて、母親と妹の着せ替え人形と化している。


「…あのさ母さん、あんまりジロジロ見ないで欲しいんだけど」

「娘の成長を見守るいい機会なのよ」

「ちょっと迷ったけど、兄さんこっち着て」

「…ツッコミのタイミングすらなしかよ…」


 なんかさり気なく娘扱いされたし、母さんまでノリノリなのマジでなんなんだよ。


 取り合えず今日は二人の言いなりになるしか無い。俺が悪いんだから、大人しく受け入れるとしよう。


 トップスはネイビーのVネック、袖がメッシュなので思ったより涼しい。ボトムスの丈の短いフレアスカート、遥香曰くグレーは万能なカラーなのだとか。


 正直どうでも良い…。

 そもそも膝出すのが好きじゃないんだけど…。


「あのさ、このスカート短すぎじゃない?」

「可愛いわよ?」

「そう言う問題じゃなくてさ…流石に恥ずかしいんだけど」


 だってさぁ…さっきから店員さんとか彼女連れの男の人とかからめっちゃ見られるんだよ。


「店員さんタグ外して欲しいんですけど…」

「…あ、かしこまりました!」


 遥香はマイペースに俺のコーディネートを楽しんでいる。


「凛華」

「…なに?母さん」

「眼鏡とかどう?」


 近くにあった棚から恐らくは伊達だろう眼鏡をかけて見せてきた。

 母さん似合ってるし、俺にも似合うんじゃね?という事なんだろうか。


 まあ、今日は一応母さんの誕生日だから三人で出かけてる訳だし、母さんの提案には乗っておくとしよう。


 という感じでコーディネートは完成。


 温泉旅館に行った時も何となくそんな気はしてたが、遥香は家族で出かけると少しはしゃぎ気味になる様だ。


 いつも通りの無表情は変わらないのに、可愛いところあるじゃん。


 ふと、そんな遥香の姿を見て…俺は今日という、母さんの機嫌の良いタイミングを見計らってずっと敬遠していた質問を投げかけた。


 少し遠くのキッチンカーでアイスを頼んでいる遥香を横目に、母さんへ小さな声で。


「…色んな人の話を統括する感じ、遥香ってかなりのブラコンらしいんだけどさ」

「……まあ、そうね」

「…母さんは、もしも遥香が…俺と居たい…って言ったらどうするの?」


 敢えて具体的な言葉は使わなかったが、俺の言いたい事はしっかりと伝わっている。


「………凛華と遥香の関係は、ある意味で私の責任。だから…と言うつもりは無いけれど……。そうね…。遥香に、私が意見する権利なんて無いの」

「…?」


 母さんはその視線を遥香から話すことなく、呟いた。


「子育てもせず、家族どころか夫婦の関係すらマトモに保てない様な母親の言葉を、何故聞く必要があるのかしら?」

「……いや、でもそれは…」

「…そうでなくとも、遥香の言う事は尊重したいのよ。今まで出来なかった事だから。もしもその時が来たのなら…。それは凛華に任せるわ」


 丸投げされた様にも感じるが、それは母さんが遥香を想う故のこと。

 …だとしても、結局俺が頭を悩ませる自体になる事に変わりはないのだが。


「………もしも、だから」

「そうね」


 そう飽くまでも“もしも”の話だが、そのもしもがある可能性が高い様な気がしてならない。

 もちろん、無いなら無いで良いのだが。


「兄さんはこっちだよね」

「ああ、ありがと」


 遥香はカップのバニラアイスをくれた。

 母さんにはチョコミント、自分はオレンジのジェラート。

 俺と母さんは良くも悪くもいつも通りだが、遥香はウチの家族内ではあまり馴染みのない物。


 家では俺がアイスケーキを作ったりするが、あまり凝ったりはしない。


 ふと、遥香が俺の顔を見て小さく笑みを作った。


「“もしも”じゃ無かった時のことも、考えといてね」


 からかうように笑って、ジェラートを口に運んだ。


 俺と母さんは思わず目を見合わせた。

 どうやら、うちの妹に内緒話は通用しないらしい。

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