第65話 下着と靴

「…瑠衣、明日が憂鬱な時ってどうしてる?」

「“藪から棒”ってこういう時に使うんだろうね。急にどうしたの?」

「聞いた通りだ」

「明日が憂鬱かぁ…なら、キャンセルできないの?」

「この用事はキャンセルできません…」

「腹くくって正面突破したら?嫌のことは早く終わらせるか、慣れるのが一番だし」


 どっちも難易度高そうだな。まあそれは仕方ないとしよう、俺が悪い。


「東雲君!こっちで着替えてみて!」


 それはともかく憂鬱は現在進行系でも続くらしい。


「……ちょっと待てよ奥村さん、なにこれ…?」


 奥村さんの隣、白雪が複雑な表情で俺に袋を手渡してきた。


「えっ?女の子が着る下着だけど…」

「………なんで俺に渡すの?」

「着換えてみてって。元々でもアリかなとは思ったけど…もっと女性的な体型に近付けたいなー…と。妥協は無しで!」


 妥協は欲しいって。

 思わず瑠衣の方に振り向くと、流石の彼も困惑の苦笑いを隠せずに居た。

 幸いな事にこの教室には俺と瑠衣と白雪、そして奥村さんの四人しか居ないが…。


 袋の中を見て取り合えず言いたい事は山程あるが…。


「……本気で言ってる?」

「うん、妥協は無し」

「…これ誰が選んだの?」

「私と白雪さん。せっかくなら東雲君に似合いそうな奴」

「意味分かんねえし…」

「サイズは合ってる筈だよ?パッドもあるし…」


 ………俺明日も女装する予定あるんだけど、どうすりゃ良いのこれ?


「…あ、これ一応あげるから」

「は?いや…」


 普通に要らない…と言おうとしたが、明日使えそうだと考え直す。タイムリーって言うべきなのか。


「…はあぁ〜…しゃーない、やるか」

「おっ、覚悟決まった?」

「分かったよ、やれば良いんだろ?妥協無しで」


 やってやるよこの野郎。


 ふと、瑠衣がいつの間にかすぐ側に寄ってきていた。


「確かシンデレラって本当は美人だけど……みたいな話もあったよね」

「うん、その辺も色々メイクとか考えたいよね」

「凛華メイクもするんだってさ」

「金村君もだよ?」

「……本番の時だけにして」

「それは良いから、東雲君は着替えて」

「はいはい…」



 ◆◆◆



 くるぶしまであるロングスカートだから大分マシなんだけど、それでも違和感凄いな。


 人の心を犠牲にして出来る限りの最高のパフォーマンスを目指すのだとすれば、俺もう少し練習時間欲しいんだけど。


 それはそうと、着替えを終えた後は別の話をしていた。


「あのさ、美咲って足のサイズ何センチ?」

「25だけど…」

「……瑠衣は?」

「ちょっと待って、えっと…27.5センチだね」

「奥村さんは?」

「24.5だよ」


 なるほどなるほど。

 因みにここ最近の男性の平均的な靴のサイズはおおよそで26センチ、女性が24センチらしい。


「…それで、東雲君は?一番重要なの君のだよ?」

「……普段履いてる靴が24」


 身長は平均的だが、足は小さいらしい。普段全く気にしなかったから気付かなかった。


「ちっちゃ…。あ、因みにシンデレラはガラスの靴のサイズが20センチ前後じゃ無いかって話があるんだよ」

「なにそれ?」


 瑠衣お前今「ちっちゃ」とか言ったな?聞き逃してないぞ。てか、あまり童話に興味が無いから知らないぞ。


「ほら、シンデレラ以外にガラスの靴のサイズの合う人が居なかったって部分の話だよ。シンデレラの足が小さ過ぎたから誰も同じガラスの靴を履けなかったんだねって」


 瑠衣の説明を聞いて少し納得がいった。


「ああ、なるほど。ならなんで小さかったんだ?」


 一番こういう話に詳しそうな奥村さんに聞いたつもりが、答えたのは白雪だった。


「おそらく継母はシンデレラが成長して靴が窮屈に感じても、新しい靴を買い与えてくれなかったのではないかって。 だから足が成長できずに小さいままだったと考えられる。そもそも当時…ヨーロッパの17世紀頃は主に耐久性や防水性に優れた木靴が履かれていたそうだから…」

「美咲ちゃん、その辺で…」

「……その知識どっから来んの?」


 普段から図書室に籠もってるだけはあるな。


「…まあ良いや、練習に戻るか」

「あそうだ!東雲君、最初の振りなんだけど、今ちょっと考え直してて…」

「はいはい、なんだ?」


 てか…あれ?

 …この格好で練習再開すんの…?

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