第52話 ほのぼの家族

 温泉と夕膳を楽しんだあと、旅館内の売店で購入したシューアイスを母さんと遥香に配って、自分はソファに向かう。

 スマホと部屋についてるテレビを繋いで、昼頃にやっていた高校野球の夏大会を大画面に写す。


「…兄さん野球なんて見るっけ?」

「鍋島先輩がSNSのそこら中で話題になってたから試合見ようと思って」

「…仲良かったり…?」

「いや全く。椿の事で同情して勝手に親近感覚えてるだけ」

「…接点それだけ?よく見ようと思ったわね…」


 同じ被害者だぞ、充分だと思うけど。


「あ…そういや、今日は椿も卓三さんも大人しかったな」

「あの二人でも気まずいでしょう流石に」


 今までその気まずさガン無視してきたんだけどな。


 それはそうと、何か母さんが遥香に向ける視線に違和感がある様な気がする。

 それこそ、まさに気まずさを感じている様な二人の距離感のような…。


 それはまあ良いとしよう、俺の知らないうちに治ってる筈だ。


「兄さん、急な質問で悪いんだけど…」

「んー…?」

「兄さんって、雫とかユリの事どう思ってるの?」

「どうって?」

「あの二人とか、穂香とか…あと白雪さんは明言こそしてないけど…兄さんに恋心を持ってる女の子は身近に多いよね。その人たちをどう思ってるのかなって」


 遥香がそう話すと、母さんが小さく笑った。


「だから言ったでしょ、私ですら若い子に声かけられるんだから…二人はモテるわよ」

「いや、兄さんの場合顔関係ない…」

「あら清潔感はモテ男第一歩よ」

「…知らないけどさ…」

「今のところ、何言われても断るつもりだよ。どう思われようと。心の整理はついてるし、あいつらが嫌いなわけではないけど…どうしても「違うな」って思うだろうし…」


 離れればそれだけ、俺の中の椿がどれだけ大きな存在だったかがよく分かった。

 実際それを表に出していたかはさておき、俺はもう少しの間過去の椿に囚われておこうと思っている。


 それが一番精神的に落ち着いていられる気がするから。


 それとは別に、この人が好きだ…と思える事があればその時はその時だ。

 何となく、そんな日が来る気はしているから。


「…あ、打った…。話題になってたのこれか」

「鍋島…だっけ?部署は違うけれど、うちの会社にそんな人がいた気が…」

「へぇ」


 正直それはどうでも良い。

 あんまりこの人に興味ないし。

 同情はするし共感もするけど、この人多分まだ椿と関係続いてる気がするから。


 白雪のお兄さんは椿を見限った様な素振りがあるそうだし、名も知らぬクラスメイトはマジでクラスの誰も行方を知らないそうだ。


 元々連絡のグループにも居なかったらしいし…マジで何だったんだろうな、影薄いとかいう次元じゃねえよ。

 そもそもクラスメイトだった時点で俺と椿の関係は知ってる筈なんだけど、やっぱりあれマジで何だったんだ?


 唐突な疑問だが、俺は頭を振って思考を投げ捨てた。なんか最近、また椿のことばっかり考えてる気がする。


「遥香、今日同じ布団で寝るか?」

「良いよ」

「良くないわよ、もう少し兄妹の距離感保ちなさい」


 仲間外れにされてる感があってちょっと寂しいと思ったのでそう提案すると、母さんが呆れた様子でツッコミを入れて来た。


「なら母さんも一緒に寝るか」

「暑いでしょ」

「なんか寂しいんだよ、俺だけ一人部屋なの」

「……仕方ないわね」


 押しに弱い訳では無いが、流石の母さんもそう言えば首を縦に振らざるを得ないらしい。

 寂しいって言葉割と便利だな。


 なんて話ながら、その後も二泊三日の温泉旅行をのんびりと家族で楽しんだ。

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