第50話 遠慮

「こうやってゆっくりするのは久々ね…。特に、二人だけで居るのはね」

「兄さんも来れば良かったのに」

「それは流石に酷じゃないかしら…」

「気にしてるのは兄さんだけ」

「…多分、あの人が居たとしても遠慮するわよ、凛華は」


 あの人、というのはお父さんの事だろう。

 せっかく露天風呂付きの部屋を取ったのに、兄さんは大浴場の男湯に向かった。


 少し前の事もあって、余計に遠慮してるんだろう。


「あ、そうだ。お母さん…一つ聞きたかった事あるの。兄さん居ない時に聞いておきたかったんだけど…」

「…なにかしら?」

「兄さんの本当の両親…。特にお母さんの妹さんってどんな人だったの?」


 私の質問に、お母さんは苦笑いを浮かべた。

 以前に少しだけ言い合いになった時、お母さんはその妹さんについて詳しくは話したく無いと言っていた。

 だから、何があって亡くなったのかは私も知らないし、お母さんは話してくれないだろう。

 でも、ならせめてどんな人だったのかは知りたかった。


 私と兄さんはあまりにも似ている。

 自分の気持ちに違和感こそ抱いたが、私自身は兄さんとの直接的な血の繋がりがあることまでは疑ってなかった。


「どんな…ね。どんな妹なのかしらね、私にもよく分からないわ」

「分からない?」

「ええ、あからさまに気まぐれで、嘘つきで偏屈な娘だったから」

「…自分を見せようとしない人?」


 なら兄さんとは少しだけ違う。

 以前までの喧嘩っ早い、精神的に幼かった時期ならともかく今の兄さんは自分を隠す様な事はしない様に思う。


「父親は?」

「さあ?名前も顔も知らないわね」

「………」


 こういう所、本当に親子だなと思う。

 お母さんのこういう所を見てきたせいで私も兄さんも、大きめのきっかけが無いと他人への興味が薄いんじゃないだろうか。


「妹も話したがらなかったのよ」

「…そうなんだ…」

「産まれてすぐの頃、もしかしたら秋人さんとの子供なんじゃないかと思ってDNA鑑定した事もあったわ」

「違ったの?」

「流石に的外れだったわね」


 ならば誰なんだろう?と、考えてもあまり意味は無い。

 そんな事は分かりきっている。

 それよりも重要なのは、この様子ならお母さんを籠絡すれば何の問題もなく私は、兄妹とは別の立場で兄さんと居られるという事。


 ここ数日の兄さんの様子的にも、そんなに時間はかからないだろうけど…あと面倒な事があるとするなら、椿ちゃんと別れてからの兄さんは異様にモテるという事くらいか。

 よく考えると、昔の兄さんも喧嘩っ早い部分さえ無ければ普通に優良物件だった気がする。


「…ねえお母さん」

「なあに?」

「私が兄さんと結婚したいって言ったらどうする?」

「………え?」


 温かい露天風呂に浸かっている筈なのに、お母さんは一瞬フリーズした。

 困惑の色を隠すことなく目を白黒させる母の姿に、私は満足して立ち上がり、脱衣所に歩を進めた。


「…冗談よね…?」


 後ろから聞こえてきた呟きに、思わず肩を揺らした。

 冗談ではないけれど、ここで言う分には冗談ということにしておこう。


 そのうち実現はさせるけど。私にとってそれを叶えるのは然程、難しくないから。

 だから今はこうして様子を窺っておく事にする。


 あと、雫やユリ達が兄さんにやんわりとフラレる姿を確認だけしておきたいな。

 私の知ってるところか知らないところかまでは分からないが、これもそのうち起きるだろうから。


 …なんて考えながら部屋に戻ると、丁度兄さんも部屋に戻って来た。


「…あぁ、遥香。母さんはまだ?」

「どうだろ、すぐ上がってくるかも」


 そう言いながら兄さんのそばに行くと、手に持っていた炭酸飲料を渡そうとしてきた。

 私はそれは手に取らず、もう片方の手に持っていた飲みかけのスポーツ飲料に手を伸ばした。


「…えっ、それ俺の……」

「ん…私、炭酸ダメなの知らなかった?」


 そう言うと、兄さんは目を丸くした。


「……そうなの?」

「兄さんも苦手じゃなかった?」

「…間違って買ったからあげようと思ったんだけど…。てか遥香は飲めると思ってた」


 ふと、私は自分の手にあるペットボトルの飲み口に目を向けた。

 冷静になってみるとこれは間接キスだが、兄さんも別段気にした様子は無い。

 まあ、相手が誰であれ間接キス程度では狼狽えないだろうけど。


「間接キスと言えば…兄さん、コンビニの駐車場で雫とキスしてたけど…」

「…ちょっと待って、誤解…」

「誤解ではないでしょ、強引にされてたのは見たけど」

「そうそう。俺がやりたかった訳じゃなくてな…?」

「分かるよそれくらい、単純に初めてには見えなかったから聞いただけ」

「あー…いや、まあ…。うん、なんか色々あって…」


 兄さんの反応からして、されたいとまでは行かずとも嫌ではないといったところ。

 可愛らしい女の子にされてるんだから、その反応も仕方ないんだろうけど…。


「少しだけ気に入らないな」

「えっ?何が………っ…!?」


 唇にすると、兄さんが本格的に混乱するだろうから、私は頬に軽くキスする程度に収めておいた。

 雫と違って関係値にヒビが入らない様にしておいた方があとが楽だから。


「…遥香、マジでからかうのは止めてくれ…」


 こんな事で顔を赤くする兄さん。こんな反応されたら、私も少しだけ興奮しちゃうよ?

 今度は兄さんの手をとってその手の甲にチュッと遠慮なく音を立ててキスをして、悶える兄さんをからかって楽しんだ。

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