第48話 余裕

「………えっ?ごめん、なんて言った?」

「何が?」

「さっき……リン先輩に…?」

「あぁ、裸見られたって話?」


 何か、面白い事でも思い出したように前髪を揺らして笑うハル。


「何でそんなに平然と話題にできるの…」

「別に気にする事でも…」


 いや、多分リン先輩は凄く気にしてるんじゃないかな。


 あの人は高頻度で軽そうな発言をするが、基本的には嫌われない程度にからかうくらいで線引きは徹底してある。

 妹のハルに対しても、その線引きは変わらない筈だ。

 ハルからのリン先輩への信頼が大き過ぎて話していると思わず流してしまいそうになるが…「兄に裸を見られた」という話題をどこか可笑しそうに話すのは、冷静になってみると流石におかしい。


「ね、ねぇ…?ハルってリン先輩の事どう思ってるの?」

「好きだよ、それが?」


 その言葉に一瞬、心臓が跳ねた気がした。

 でもハルは、そんな私の反応を見てくつくつと笑う。

 本当にこの兄妹はよく似ている。

 人の心を弄んでからかうのが好きなんだろう、決して性格が悪い訳では無いから余計にたちが悪い。


「ユリも、兄さんの事好きなんだ」

「だって…格好良い、でしょ?」

「……格好良い…?」


 ハルは珍しく、何を言っているんだと言うような表情でコントローラーを置いた。

 意外な答えだったのだろうか?


「別に、変なこと言ってないでしょ」

「…兄さんの事“格好良い”って形容する人、多分他に居ないと思う」

「え、ウソ?祢音も言ってたよ」

「……どこが…?」

「性格とか、さり気ない気遣いとか…」

「…あー…」


 ハルは納得したように頷いた。

 そして…


「…ふふっ…」

「えっ?何で笑ったの?」


 突然、上機嫌に笑みを浮かべた。


「いや、別に…。ちょっとだけ誇らしいなって。私にとってそうあるのが当たり前なのが兄さんだから、そういう褒められ方するんだな…って」

「……結構、恵まれてると思うよ?」

「そうかもね」


 ハルはゲーミングチェアから立ち上がると、勉強机の引き出しから何かを取り出して私に手渡してきた。


 渡されたのは一枚の、折り畳まれた手紙。

 中を見て、思わず声を上げた。


「へあっ!?なにこれ」

「…へあ?何、そんなに驚くことでも…」


 色々とツッコミどころが多過ぎるが、とりあえず一番言いたい事がある。


「なんでリン先輩へのラブレターをハルが持ってるの!?」

「兄さんの洗濯物に入ってたから回収した。本人は失くしたって言ってるけど」

「…ならなんで穂香がリン先輩に…」

「なんでって、理由なら一つしか無いでしょ」

「…………穂香も…ってこと?」


 こんな身近にライバルが居たなんて知らなかった。

 そもそも、なんで突然ハルはこんな物を見せてきたんだろう?

 …なんて、そんな疑問は口にするまでもなくハルが答えを言ってくれた。


「小春が穂香の抜け駆けを教えて上げた方が良いか悩んでたから、私が勝手に教えた」

「どうして小春がそんなこと知って…」

「兄さんと穂香がデートしてる所に遭遇したせいで、デートがデートじゃなくなった…って穂香にちょっと怒られたんだって」

「…で、デート…」


 まさか私の知らない間にそんな事になっていたなんて…。

 そもそもなんで穂香が?

 あの子がリン先輩の事を好きになる理由なんて……


 ……いや、リン先輩を好きになる理由なんて考えなくてもいくらでも有るからなんとも言えないか。


 頭を悩ませている私を見て、ハルは小さく笑い、私の手から手紙を取り上げた。


「…雫に穂香、恋のライバルが増えて大変なユリに一つ親友に提案」

「提案…?」

「想い人の妹として、一つ良いことを教えて上げる」


 嫌な予感はしない。

 何故なら、親友からのアドバイスなら聞き入れるのが吉だから。


「兄さんの女の子の好み、タイプの娘…とか、知りたくない?」

「知りたい!」


 ハルはニヤッと口角を上げる。


「…昔の椿ちゃん」

「………参考になんないじゃん!どんな女の子だったのそれ!」

「分かりやすく言うと、どんな時でも余裕のある女の子」


 どうやら、昔の黒崎先輩は…少なくともリン先輩から見るといつでも余裕を持ってる女の子だったそうだ。

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