第46話 成長した

 朝比奈さんの暇つぶしに付き合って何故か精神的なダメージを受けたが、その後は一時間ほど二人で街を歩いた。


 本当にただ雑談しながら歩いただけで、朝比奈さんを家に送ってから…道中で偶然遥香に遭遇して一緒に帰宅した。


 そうして夜、夕飯の後で俺は自室にて課題をこなしていた。

 勉強は人並みにできるが人並みに嫌い。


 頑張ればできるけど頑張る気力が中々でないと言ったところ。


「…だめだ、眠い」


 集中力が続かないのでエアコンを切って部屋を出ようとした時、丁度手に取ったスマホが震えたので点ける。


 今風呂に居るらしい遥香から「シャンプー切れたから入る時持って来て」と連絡が来た。


 連絡の通りに詰め替え用の袋を持って風呂場に向かう。


 洗面所に入った所で、俺は自分の手遅れすぎる失態に気が付いた。


 眼前に居た遥香は俺と変わらない長さの髪にタオルを置いて、手にはバスタオルを取ったところ。


「………成長したよな」


 多分、一糸まとわぬ姿の妹に掛ける言葉では無い。


 流石の遥香もこの状況に一瞬だけ同様したが、少し目を見開いた程度ですぐにいつもの、すん…とした無表情に変わった。


「お互いにね」


 それだけ呟いて視線を戻し、体を拭き始めた。


 今まで気にしたことは無かったが、遥香は実の妹ではない。

 これからも気にする事は無いと思っているし、遥香も気にしないだろう。


「…私の着替え見て、楽しい?」


 気にしないだろう…とそう思っていた。


 いたずらっぽい笑みを浮かべてそう言った遥香に対して、自分の言葉では形容するのが難しい感情を抱いた。


 口では「ごめん」と言って洗面所を出たつもりだが、声が出てたかは分からない。


 リビングのソファに座って、俺は思わず頭を抱えた。


 妹に対して感じるような事じゃないんだろうけど、今まで生きてきた人生で初めて、女性の色気…という物を肌で感じた気がする。


 しばらくしてリビングに来た遥香は、キャミソールにショートパンツという夏らしいルームウェア。


 いつもなら軽口でも言いながら風呂場に向かうところだが、今の精神状況的にあまり妹に視線を向けていられないのでさっさと着替えを持って風呂場に駆け込んだ。


 すれ違った時、俺を見てからかうように笑った遥香の表情が脳裏から離れないまま。



 ◆◆◆



「…掠れた声で『ごめ…』って…」


 思わず笑ってしまった。

 常日頃から女の子と多くの関わりがある兄さんが、普段気にしてない筈の妹を相手に、顔を赤くしてあんな反応をするなんて。


 珍しく注意散漫になっていたらしい。


 いつもならできるだけ”こう“ならない様に生活してるだけに、兄さんがこうも可愛らしい反応をするとは思わなかった。


 兄さんは性格が原因かは知らないが、あまり女性に対して性的な感情を抱かない。

 椿ちゃんの騒動以降、その傾向は強くなっていた。


 それが最近の状況や偶然が重なって、妹に対して劣情を抱くなんて思ってもみなかっただろう。

 私もまさかこんな事になるとは思ってなかった。


「成長した…か」


 何となくで「お互いにね」と返したが、実際その通りだ。

 兄妹にしては少しだけ複雑な関係、でも周りから見たら私達の間に兄妹以上の関係は見えてこない。


 成長してもそんな関係に変化は起きてこなかったが、母さんが突然私達の関係に変化をくれた。

 母さんが何も言わなければ…兄さんはこんな事があっても、これと言った反応はしなかっただろうに。


 突然意識させられて…の、私的にはラッキースケベ。兄さん的には頭を抱える事態。


 せっかくならこれをきっかけに、兄さんにちょっとしたアピールをするのも面白いかも知れない。


 そうと決まれば、モヤモヤしてるだろう兄さんをからかうとしよう。


 そう思って、お風呂からあがって来た兄さんにドライヤーを持って駆け寄った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る