第34話 真夏の太陽

「今更なんですが」

「うん」


 外出用のサングラスを外しながら、彼女は言った。


「凛華って結構な異常者ですよね」

「否定する気はないけど、唐突だし本人に直接言うことじゃねえから。あとその口調いい加減に統一してくれないかな、話してて違和感しか無い」


 雫の言う異常…というのは椿についてだろう。

 俺は昼前まで学校で白雪と文化祭の話をしながら戯れたあと、一度帰宅し制服から着換えて雫と近場にある老舗のラーメン屋で現地集合していた。


 カウンター席に二人。横並びで座って注文を終えると、突然雫にディスられた。


「久々に二人で話すなぁ…とか思ったら、急になんだよ?」

「凛華兄さんって椿に対して異常に甘いし寛容だし、遥香に対しても甘いし秋人さんの事も殆ど責めなかったじゃないですか」

「あぁ、やっぱりそういう話か」


 出されたお冷を一口飲んでから、俺は素直に答えた。


「父さんに関しては…あんだけ悪い事やってたら俺が何かしなくても勝手に不幸になるものなんだよ。だから俺は何もしないし考えないし興味も持たない様にしただけで」

「…椿は?」

「知らん。突き放すのすらめっちゃ辛かったしキツかったよ、まだ好きなんじゃねえのかって思うくらい」


 本当、何でなのかな。考えても分からないから思考を放棄してる。

 

「バカみたいだよな」

「本当にそうですね」


 そこは否定してくれよ、頼むから。別に良いけどさ。


「長い時間一緒に居れば私も同じくらいになれますか?」

「別に時間のせいでそうなった訳じゃ…」

「なら、原因はなんですか」

「魔性の魅力とでも言えば良いんじゃないか?俺以外にも椿に虜になった奴なんてごまんといるわけだから」


 店長が直接眼の前に置いてくれた豚骨ラーメンに視線を落としながらそう言って割り箸を取り出す。


「「いただきます」」


 俺としては食べ慣れた味。雫は初めてだと言っていたが特に表情を変えること無く話を続けた。


「遥香なら分かりそうですね」

「ほぼエスパーみたいな奴だし。まあ…なんて言うかな。ほら、「美しい花にはトゲがある」って言うけど…椿にはトゲ無いんだよ。寧ろ食虫植物みたいにおびき寄せて捕食してる」

「肉体的には「食べる」と言うときもあるから、強ち間違いでもないのが…」


 こんなのはラーメンすすりながらする話じゃないか。


「…それより、雫のクラスって文化祭で何やるか決まったか?」

「話し合いは終わりました。先生に話が通らなくてクラスの何人かで校長と教頭に直談判してるらしいですが」

「……どんだけやりたいんだよ…。ちなみに直談判の内容って?」

「コンセプトカフェです」

「あー……そういう事か。コンセプトって何やる予定?」

「たしか、男装喫茶」

「うわぁ……ギリギリ通りそう…」


 そして誰が提案したのかは知らないけど、超絶ナイスだ。

 如月と遥香と古山さん、祢音、雫の5人は同じクラス。できれば朝比奈さんとか木下さんとかも見たかったけどクラスが違うからそれは仕方無い。


 ぜひ頑張って通してもらいたいところだ。


「凛華兄さんのクラスは?」

「演劇、内容はまだ決まり切ってない」

「ふーん…」


 それからは何か話す事もなくラーメン屋を後にした。

 雫と二人での帰り道。


 彼女はサングラスと薄手のパーカーのフードを被って日傘をさす俺のすぐ横に立った。


 いつもは誰かしら一緒に居るから遠慮しているが、二人でいる時の雫の内心は、構ってほしくて仕方ないらしい。

 日傘の関係上仕方ないとは言え、ピッタリと腕にくっつかれてると流石に俺も落ち着かない。


 例えばこれが、彼女の姉である椿だったら何とも思わないんだろうか。


 …そもそも彼女は自分から構ってほしいとか言ったりそう予感させる行動なんてしなかった気がする。


 …止めとこう、考えるのは。俺じゃあ沼るだけだ。


「なあ雫、いつまで着いてくんの?家ついたんだけど…」

「こっちじゃなくて、私の家行きましょうよ」

「……もしかしてこんな感じだったのかな」


 椿に誘われて堕ちた男子たちって。

 前もそうだったけど、雫はナチュラルに俺のことを誘って来る。

 椿は俺に対して妙に不器用だったけれど、他の男に対しては、それこそ今の雫みたいに自然と家に連れ込まれる事もあったのかも知れない。


「…早く行きますよ」

「雫、それ俺以外の男にはやるなよ?」

「凛華以外の男子を家に誘う機会は一生来ませんから、大丈夫です」

「それ大丈夫じゃねえし…」


 ため息混じりに言うと、雫はふいっと目を逸らした。

 同時に、不意に足を止められたせいで少し引っ張られる。


「ん…?」


 どうして突然止まったのか。雫の視線の先をを追ってすぐに分かった。


 とんでもない美人が居る。


 それも良く見覚えのある顔で、良く見慣れた顔。

 当然のように雫の姉、ツバキである。


 幸いというべきかこちらには気付いてない様だが、俺も雫も彼女の様子を見て思わず唖然とした。


「……椿がメイクしてる…」


 俺は思わず呟くと、雫は少し驚いた。

 遠目ながら俺には分かったが、流石に弱視の雫にはそこまでは分からなかった様だ。

 雫はアルビノにしてはかなり視力が高い。だが流石に夏の日光に晒されるのは苦手で、今日も薄着ながら肌はきっちりと隠れている。


 強い光を感じながらだといつもより目が冴えないらしい。


 さて、それはそうと何故椿がまたもこの街に居て、あんな洒落た格好でメイクまで完璧なのか。


 答え合わせはすぐにできた。


「…誰ですかあの男…」


 椿が顔を上げて、何処かに手を振った。その奥に居る男性に雫が指差した。


 その顔を見て、俺は思わず頭を抱える。


「……鍋島先輩かよ…」


 俺の知ったことじゃないけど、俺の知らない所でやって欲しい。

 恐らくは引っ越し、転校して以来の再会なのだろう。二人は抱き合いながら再会を喜んだ。


 雫は死んだような瞳でそれを見ていた。


 俺は呆れて何も言えないまま、フードを被る隣の美少女の手を引いた。


「………どうかこっちに飛び火しませんように…」


 雫の天敵である真夏の太陽にそう願いながら。

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