第二章 一雫の思い出
第32話 文化祭の話し合い
担任が明日から夏休みだから羽目外すなよ、みたいな話をした後。
長いホームルームが終わっても教室から出ていく生徒は居なかった。
俺は今日、不運にも日直なので学級委員長のクラスメイトと前に出てチョークを手に取った。
「…はい、じゃあ文化祭の出し物について話し合いをしたいと思います」
学級委員長で先輩後輩問わずに慕われる真面目女子の奥村香織さんが教卓に付いた。
「取り敢えず、やりたい事がある人は挙手」
一年の時は静まり返っていたのだが、ニ年になるとそうでも無いらしい。
半数近くが手を上げたので、前の席に居る人から順に聞いて行く事にした様だ。
聞こえてくる出し物の候補を箇条書きで羅列していく。
幸いな事に、過激な意見は飛んでこない。
飲食系は出店かカフェ、アトラクションはお化け屋敷や謎解き、縁日など。
他には映画風の映像作品なんかが候補に上がった。
「まあ、そりゃこんな所か…。奥村さんは何かある?」
意見が途切れたので、何となく司会進行をしてる学級委員長にそう聞く。
「私は演劇とかやってみたいかな。去年三年生がやってたの見て、凄く良いなって思ったから」
「演劇か。なんの作品?やっぱり童話とかになるか?」
「流石にオリジナルで作るのは時間的に無理があるし、やったとしても昔話のアレンジとかになるんじゃない?」
「…やっぱそうか。一応書いておくか」
候補に演劇を追加して、それから話し合いを進める。
「委員長、一個質問」
男子生徒が不意に挙手してきた。
「前に別の高校の文化祭見に行った時、メイド喫茶を見かけたんだけど、あれってこの学校でもアリなの?」
「えっ?えっと…」
奥村さんも流石にそこまでは把握してないらしいので、俺が代わりに答えた。
「去年先生に聞いた限りだけど、ウチの高校ではそう言うガッツリ羽目を外してる出し物は三年生限定らしいから、今回の話し合いでは候補から外すことになる」
「へえ〜分かった」
「他に質問は?無いなら話進めるけど…」
特に無さそうなので奥村さんに目を向けると、小さくお礼を言ってきた。
「ありがと、助かった」
「別に良いよ」
「それじゃあ、一番問題の何をやるかなんだけど…」
個人的には他のクラスと被らなそう、もしくは被っても大丈夫な無難な出し物が良い。
特に三年生と被った場合三年生が優先になるから、話し合いをやり直さなくて良いのが大事。
じゃないと準備時間取れなくなるからな。
ぼんやりと話し合いを聞きながら、偶に手元にある例年の資料を見ながら意見をしていく。
「東雲君、アトラクションって例年だとどんな感じなの?」
女子生徒の質問に資料を見ながら答える。
「教室内でできるミニゲームみたいなのが多い。この高校の生徒じゃなくて、外部向けの」
「ミニゲームかぁ、準備キツそう」
そんな呟きは置いておき、奥村さんが手を叩いた。
「あっ、そっか。どの層に向けた出し物かも考えないと…」
奥村さんの言葉でクラス内が一瞬暗くなった。そんな事まで考えるより自分達が楽しめる方が良い、という雰囲気だ。
俺は一つ助け船を出しておく。
「なら一つ言っておくと、割と文化祭の規模が大きいから万人受けする無難なカフェとか出店は一年生がやる傾向が強い。他のクラスと被ると話し合いやり直しになるから、それは避けたいんだけど…」
だから、どの層に向けた出し物かはしっかり考えた方が良い。
という事をクラス内に察させる話だ。
「なら飲食系は一旦候補から外して良くね?」
「確かに去年ウチのクラスもコンセプトカフェやったわ」
「で、アトラクションはそれこそゼロから考えなきゃ行けなくて…」
自然に隣同士や前後でガヤガヤと話し合いになり始め、すぐに静かになっていった。
話が纏まらなくなりそうだと感じたのか奥村さんが、少し動揺している。
仕方無いなあ、もう一つ助け舟出してやるか。
「俺からも、一つ意見良いかな」
「そう言えば凛華のやりたい事聞いてないよね」
何気なく瑠衣がそう言って、クラス内の視線が全て俺に向かってきた。
「あぁ、いや俺が何かやりたいって訳じゃなくて、話し合いの参考までに一つ」
「あ、うんどうぞ」
「四年前からここ
てか、何で芥高校なんて名前なんだろうな。地名でも何でも無いのに。「芥」って漢字単体だとごみとかくずとかって意味なのに。
興味深いという表情のクラスメイト達に笑いかけて見せた。
「文化祭を楽しむのは大前提だけど、そういう目標を持ってやるのも面白いんじゃないかなって」
俺の話を機に文化祭の話し合いは熱を帯びていった。
「因みにどんな出し物が選ばれてるんですか?」
「毎年あえて違うものを選んでるから、傾向みたいなのは無いけど…逆に言えば選ばれた事が無い物をやるってのは有り。この候補の中だと…」
俺は資料と黒板を照らし合わせて見た。
教室内に少しの静寂が流れてから、俺は答えを出した。
「演劇かな」
振り向きながらクラスメイト達に言うと、空気は殆ど決まっていた。
それを察した、俺は肘で奥村さんを小突いた。
「…流石委員長、決まりだ」
「えっ?」
少し呆然としている委員長を放置して、もう一つ話を進めたいが、残念ながら今日はここまで。
「よし、じゃあ先生にはこれで提出するよ。今日は解散で良いんだけど…」
「えっ?皆、本当に演劇で良いの?」
奥村さんが素で聞くと、クラスの全員がきっちりと頷いた。
「…因みに委員長」
「な、なに?」
「やりたい劇ってある?」
「あ…うん。一応…私がシナリオ書けるなら、やりたいのは一つあって…」
「良いね、何?」
少しモジモジと躊躇してから、上目遣いになった。
「…シンデレラ」
………えっ、可愛い。
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