第31話 ラブレター

「金村君ラストスパート!」

「がんばれ…」


 体育祭でクラス対抗リレーに出てる瑠衣を口では応援しながら、視線は一年生に向けていた。


 走ったばかりで、膝に手を置いて疲れている遥香とそれを労うクラスメイト達。


 こういう学校行事では案外クラスに馴染めている様で安心した。


 空はすっかり夏となり、照りつける太陽の下で体育祭が行われていた。


 椿との決別から一ヶ月、夏休み直前で一学期最後の学校行事に全力で取り組む生徒達を横目に、俺は少ない種目で活躍もしてない。

 なんなら疲れることはやってない。


 殆ど見てるだけだった体育祭だが、俺はここしばらくメンタルが不調のままだった。


 椿の事はもちろんある。寧ろ一番の原因と言って過言じゃない。


 半ば逃げるような形にはなってしまったが…俺は今後、彼女とは少したりとも関係を持つつもりは無い。


 …無いと、何度も説明したしこれ以上は関わらないで欲しいと言ったにも関わらず何度も連絡してきた人が居た。


 それは椿の父親、卓三さんだ。


 連絡手段を断ったにも関わらず、先週には直接家にまで来て椿と仲直りして欲しいと頼んできた。

 俺は「ふざけんな、もう関わって来んなよウザったい!二度とその顔見せんな!」とまで言って追い出したのに、その翌日には公衆電話で家電話にかけて来た。


 ここ数日になってやっと落ち着いては来た。

 もしも再発するようであれば警察に相談してみるか。


 あの人さえ居なければもう少し調子のいい日常が送れていたかも知れない。

 最近は卓三とかいう野郎のせいで、本当に体調が悪い。


 これ以上、黒崎家の人達とは雫以外に関わりたくない。

 その雫すら、俺の現状に同情して気を遣ってくる始末だ。


「…早く帰らせてくれ…」

「あと閉会式だけだから、もう少し我慢」


 白雪の言葉に頷き、ため息と一緒に項垂れる。


 この高校は夏休み直前に体育祭。

 夏休みが終わり、九月の下旬に文化祭が行われる。


 なので夏休み中何度かクラスで集まって話し合いをする時期があったりする。


 ふと、白雪に肩を揺すられた。


「あ、ほら私達のクラス総合二位」

「……だから何だよ…」

「親友の活躍を喜びなさい」

「…瑠衣だぞ?活躍しないわけねえだろ…」

「そうだけど…」


 しばらく憂鬱が続いてる俺のことを、白雪は何かと気にかけてくていれる。

 親友だからこういう気遣いも当然ではあるのかも知れないが、それはそうと一緒に居る時間が凄く増えた気がする。


「ほら、閉会式行くよ」

「あー……うん」


 瑠衣が個人成績は最も優れていたとかって表彰されたりしながら猛暑の空の下で、三十分にわたる閉会式が終わり、無事に体育祭は幕を閉じた。




 さて、そんな事があった体育祭。

 俺は白雪と瑠衣の二人と並んで二年教室に戻り、下校していく生徒たちを眺めていた。


「遥香達は一年で集まって後夜祭だってさ」

「一年生は仲良いらしいね」

「仲良くは無いだろ。如月とかいまだにクラスメイトから敵視されてるらしいぞ」

「もう活動もしてないのに、まだ色々言われるんだ」

「モテる間は、言われ続けるだろ」


 恐らくは彼氏できるとかじゃないと、もう無理なんじゃないかな。


「私は、最近の東雲君を見てるとつくづく思う」

「何だよ?」

「人との関わりって、言葉だけじゃ全然足りないんだなって」


 心からぶつかり合ったつもりでも、ヒビの入った関係でも、時間が積み上げた物に終止符を打つのは難しい。

 言葉だけじゃ足りないってのはその通りかも知れない。


「まあでも、これ以上あの碌でも無い人達に時間使うのは御免なんだよ俺も。いい加減ウンザリだ」

「言葉で伝わらないから、そうやって行動で示そうとすると…今度は言葉が足りないって言われるんだよ」

「理不尽過ぎるだろ…」


 ここまで心で通じ合えない幼馴染みってのも珍しい気がする。

 それ以上に、その幼馴染みの父親が邪魔で仕方無いんだけど。


「…雫がこっちに居る以上、完全に断ち切るのは無理だと思ってる。でも限界まで、卓三さんと椿と接触するのは避けたいな」

「椿ちゃんが焚き付けてる可能性もあるんだよね」

「無い事は無いけど、あれだけ色々あって「仲直りしろ」って無理な話だと思わないか?」

「いくらなんでも、盲目過ぎるとは思う」


 白雪は力強く頷いて同意してくれた。

 俺の価値観がおかしい訳でも無さそうだ。


「あー…マジでどうしよ」

「一応、最近は落ち着いてるんでしょ?諦めたって線はないのかい?」

「そうあってくれる事を願うばかりかな。いい加減俺を縛るのは止めて欲しい。雫にも止めるようには言ってもらってるけど…」

「逆効果になりそうなのが怖いところ」


 また遥香に意見を貰うのが良いだろうか。

 そろそろ俺も限界が来て、また顔を見てしまったら手が出る気がしないでもない。


 何気なく自分の席に座ると、隣に白雪、正面に瑠衣も腰を下ろした。


「気分転換に、振替休日でどこか行く?」

「俺先約居るわ」

「誰?」

「如月が、祢音と三人で映画見に行きたいって」

「凛華って映画とか見るタイプだっけ…」

「家でなら、偶に母さんが見てると一緒に見てる程度で……ん…?」


 不意に手を入れた机の中、指先に紙が当たった感触があったので掴んで取り出す。


「…なんだこれ?」


 机から出てきたのは手紙。とは言ってもとても簡素な物だった。

 ここは俺の席に間違いないので、十中八九俺に宛てた物だろう。


「それラブレターかな?」

「…今どきそんなのあるか?」


 白雪に問いかけると、小さく肩をすくめた。


「そう言うやり方が好きな人は居るでしょ」

「読んでみなよ」


 瑠衣に言われて封を開け、手紙を取り出す。宛名は俺で間違いないらしい。

 二人も興味津々と言った様子で覗いてくる。


「…古山穂香?」


 二つ折りにされた手紙の端に書かれた名前。

 送り主が知った名前であることに少し驚いた。


「如月さんの友達だっけ」

「そう、小学生の頃から付き合いあるんだとさ」


 説明しながら手紙を開くと、ヒョイッと瑠衣に取られた。


「あっおい」


 なんで取った?

 二人は宛先の俺を差し置いて先に手紙を読み始めて…顔色を変えた。


「…どうした?」

「………」

「…もろにラブレター」


 無言で手紙を返してくれた瑠衣と、思わず一言だけ呟いた白雪。


 手紙には綺麗な字で簡潔な文章が書かれていた。

 俺はそれを、そのまま読み上げた。


「えっと…『突然の事で驚いてると思います、なので回りくどい事は書きません。最近の先輩が恋愛事情でゴタゴタしてたのは知ってます。でも、私は凛華先輩の事が好きです。もし返事をしてくれるなら連絡してくれると嬉しいです』……だって」

「…よく読み上げようと思ったね」


 もう内容知ってる二人だし別に良いかなって。

 それよりもこれは凄く疑問だ。


「フラグなんて一ミリも立ってなかったのに…」

「それ自分で言うの?」


 本当に心当たりがないから疑問なのだ。


「いやマジで。本当に突然の事で驚いてる」

「でも、毎日のように昼休みに話をしててもう二ヶ月くらい。別におかしくもないんじゃない?」

「劇的な理由があって人を好きになることって、寧ろ珍しいから。普通だと思う…凛華の場合は余計に」


 言われてみるとその通りだが、俺の場合とか関係ないと思う。皆そうだろ。


「…まあ、一旦保留かな…」

「えっ、どうして?」

「わざわざ手紙で寄越したって事は如月達には知られたくないんだろ、多分。だから返事するにしてもちょっと落ち着いてから…夏休み入ってからで良いかなって」

「…そういう事…。で、付き合うの?」


 白雪が怪訝な表情で聞いてきたので、俺は人差し指を口元に当てた。


「さあ、どうだろうな?」






 ☆あとがき


 これにて、第一章完。

 幼馴染みとの関係に一段落が付きました。

 第二章からは後輩達との関係が変化して行きます。


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