第29話 想いと思い出
自宅からは徒歩で十五分ほど。
昔は良く来ていた。
四年か五年くらいぶりに来た小学校近くの公園。
「前は広く感じてたんだけど…ねっ」
「んー…」
軽い足取りで入っていくと、器用にブラコンに飛び乗る椿を追って膝上程度しかない低いフェンスに腰を下ろす。
「懐かしいな。小学生の頃って言うと…俺何やってたかな」
「喧嘩してたよ」
「…俺そんな野蛮人だった?」
「昔は喧嘩っ早い凛華の事を止めるので一杯一杯だったなあ」
「あー…そうかもな」
ジャングルジムや小さな滑り台を眺めていると、確かに…何か苛立つとすぐに喧嘩していた様な思い出がいくつも浮かんでくる。
「随分大人になったよね」
「ん?皮肉か?」
「えっ、何の?」
ブランコに座り直していた椿はキョトンとして首を傾げた。
どうやら普通に感慨に浸って言っただけの様だ。
ここ最近の二、三ヶ月の椿と同一人物とは思えない。
「………まあ良いや。ねえ凛華、一つ聞いて良い?」
「なんだよ?」
小さく見上げるような仕草で、まっすぐに目を合わせる。
「怒ってる?」
「何に?」
「私のやった事。全部含めて」
面倒な事になったなと思ってる。
最初から付き合わなきゃ良かったって後悔してる。
椿に対して怒りがあるかと聞かれると、俺は直ぐに答えられる。
「全く無いな」
「どうして?」
どうして…か。
遥香が以前に言っていた理由が、一番しっくりくる。
俺は遥香に対してかなり寛容な性格をしている。そもそも遥香は俺が怒るような行動をしないし、基本的にやらかしたりしない。
それと同じ様に、椿に対しても異常に寛容だ…と。
でも、少し違う気もする。
やはり妹と幼馴染みでは、いくら家族に近い感覚があると言えど絶対に違う部分はある。
それに、今に至るまでに色々有ったことを加味した上で一つ結論づけるとすると…
「どうでもいいからだな」
「……どうでもいいって…」
「君に何をされても…もう
椿は一瞬だけ眉をひそめた。
表情を崩す事はせずに、何か言おうと口を開いて閉じてをぱくぱくと繰り返す。
儚い希望を抱いていたのかも知れない。
彼女はどうも、俺を神格化してるフシがあるらしいから。
「…俺は俺が思うより椿のことを思ってるみたいだけど…さ、君は俺が思うよりも良心のある人間じゃないらしい」
「……珍しいね、そんないい方するなんて」
「誰のせいだろうな」
椿はブランコから立ち上がり、俺の眼の前に立った。
「椿はまだ、俺に拘ってるのか?」
「拘ってるなんて言い方…。私は最初から最後まで凛華のことしか見てない」
「それは無いな。君は俺以外にも色んな人を見てる、それが君の良いところだ」
「……違うよ、私の目には凛華しか居ない」
「ならちゃんとこっち見ろよ」
彼女の頬に手を伸ばしては険しくなって少し逸らされた顔を戻した。まっすぐに視線を合わせた。
「…何なんだよ、本当に…」
「…え?」
「後悔してる、あの時…君の言葉に理由もなく頷いたこと」
「……そんな事言わないでよ、私は…」
「お前のせいだろ、俺がこんな事言う羽目になってんのは…。できるならもう、俺の中にある黒崎椿との思い出を汚さないで欲しいんだよ」
今日始めて、表情を大きく歪ませた。今にも泣き出しそうな…椿には似合わないそんな表情。
…はあ…。俺が自分からこんな顔をさせる事になるなんてな。
「なあ椿」
「……」
「…少しは、俺の気持ちも考えてくれ」
「ただでさえ何考えてるか分からないんだよ凛華は。言ってくれなきゃ伝わらない」
「分かれとは言ってない、考えろって言ってるんだ。自己中心的過ぎるんだよ、今のお前は」
「凛華だって私の事考えてないでしょ!」
「考えてなかったら一発殴って切り捨ててんだよ」
「…っ!」
そうして、喧嘩になった奴が何人も居る。それを椿はよく知っている筈だ
ただ一度だけ…凄くどうでもいいくだらない理由だった気はするが、お互いに感情をぶつけ合って、お互いの事を考えて話し合った事があった。
そのお陰で、今では互いの気持ちを察し合える様な仲になった。そいつは俺の数少ない男友達、親友だ。
一度喧嘩になったら大抵、俺はそいつとの関係は断ち切って捨てる。
どうでも良くなるし、くだらない時間だったなって思うだけだ。
父さんだってそうだった。一度喧嘩してからは親である、という感情以外にの感情にそれ以上も以下も無くなった。
そうじゃないから、俺はこうして椿と何度も話をしている。
元々、切り捨てるのが早い性格だった。
瑠衣との事が無ければきっと今でもそうだった。
「一度でも君の気に入らない行動をしたか?浮気されても仕方無いって言われる様な事をしたか?
「それは…」
「父さんとの事だって、俺に相談しようと思えばできただろ?お前が勝手に受け入れただけだ。俺はお前と付き合うにあたって卓三さんとの約束も守った、嫌われる様な事があったら大人しく身を引いただろうし、君が浮気したとしても「別れよう」って一言言われたら大人しく受け入れてたよ」
少なくとも椿にとって不都合のある関係じゃ無かった筈だ。
それを自分からぶっ壊しにかかっただけ。俺が何かした訳じゃない。
「こんな事、俺が今更言わなくたって君はよく分かってるだろ…。なんでまだ俺に拘るんだよ」
「…私には他に…」
「君を受け入れてくれる人間なんて世の中に星の数ほど居る。椿には俺に執着する必要性も理由も無いだろ」
「あるんだよ、凛華じゃなきゃ行けない理由が」
「…なんだよそれ…」
ポロポロと頬を伝う涙にどんな感情が宿っているのか、やっぱり俺には分からない。
「どうしようもなく好きなの!歪んでるって言われても信じられないって言われも!他の誰かに求めても絶対に埋まらないくらい凛くんじゃなきゃダメな場所があるの!!」
久しぶりに聞いた気がした。
昔は椿から「凛くん」って呼ばれていた。いつから呼び捨てになったのかは覚えないが。
「他の誰でも、体は満たされるかも知れないけど…私の心を満たしてくれるのは凛くんしか居ない!」
「……結局、自分の事かよ…」
呟くと、椿は吹っ切れた様に顔を上げた。
「そうだよ。嘘つきで欲深くて自分勝手で幼馴染みの事しか頭にないのが黒崎椿なの。誰が何を言おうと私の隣には凛くんしか居られないの!誰も私の事を受け入れてくれない!」
少し、思い出した。
俺が瑠衣と喧嘩した理由を。
中学の時から椿は校内全体で人気があった。
公民館で偶然出会った瑠衣は、理由もなく体育館に来た俺の顔を見るなり「有名な東雲くんじゃん、女の尻追っかけて楽しいかい?」と見下す様に言われた。
その頃も当然のように椿と二人でいる事がほとんどだったから、そう言われても別におかしくはないかも知れない。
普通に苛ついた俺は「将来役に立つ訳でも無いのに必死になってボール追っかけるよりは楽しいかもな」と言いながら、ゴール下に落ちたボールを瑠衣に投げ返した。
当時スランプ状態に陥っており精神的に追い詰められていた瑠衣には、そんな台詞が酷く効いた様で、受け取ったボールを思い切り俺に投げ付けて来た。
それが喧嘩の合図になり、体育館で殴り合った。
当時図書館は改修中だった為に、白雪は人気のない体育館で本を読んでいた。
そんな中で男子二人が本気で殴り合う喧嘩に発展したのを見て、彼女は呆れながら俺達の間にバスケットボールを投げ付けた。
一言、「目障りだから外でイチャついて来なよ」とだけ言って。
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