第28話 玄関前、それはつまり修羅場
「どういう事ですかそれ!」
祢音の叫び声が彼女の寝室に響いた。
取り乱してる彼女に対して、俺は苦笑いしながら説明をした。
「彼女のやった事って情報提供だけなんだってさ。計画の細部までは知らなかった…って。あと、脅されてたって話の信憑性が高いとかなんとか色々説明されたよ」
「脅されてる訳ないですよ。逃げ道を用意してたってことですよね、それ」
「口裏合わせてたのか、椿が警官を籠絡したのかは知らないけど…実際未成年者だし。情報集めようと思ったら寧ろ良いところしか出てこないってのが椿だしさ」
中川祢音の拉致事件から一週間後の休日、時刻は昼過ぎ。
その当事者である祢音は高校と、一人暮らしをしていたマンションを車で往復するだけの日々だった。
マンション内から出ることを止められているそうだ。
なので現在、俺は彼女の住む部屋に自作のカップケーキを持ってお邪魔していた。
諸々の取り調べが終わった後、黒崎椿は当然のように釈放。一切の責任は東雲秋人にある…となったそうだ。
それを祢音に説明に来たのだ。
電話で良いと思ったら「学校でも会えてないので顔を見せてください」と言われた。
校内での行動までも制限されてしまって退屈なんだろうけど、勘違いしそうな事を言われてちょっと思うところはあった。
「…納得行きません」
「詳しい法律とか知らないから、俺も納得してる訳じゃない。けど、流石に懲りたと思いたいな」
はむっ…とカップケーキを口にして顔を綻ばせる。
ほんの数秒前とは打って変わってご機嫌な表情だった。
「まあ仕方無い。過ぎたことに文句言ったって時間の無駄だからな…それで反省できるなら話は別だけど」
「あむ…」
「…お嬢様のお気に召した様でなによりです」
ホッと小さくため息を吐いて、理由もなく部屋を見回す。
女の子の可愛い寝室…という感じはない。
簡素というか事務的と言うか、良くも悪くも洒落てない。
基本的に娯楽の類を全く置いてない俺の部屋とはまた別で、棚いっぱいに本が並んでたりはする。
だが物が少ない様には見えた。
俺の中にある“女の子の部屋”の基準は妹の遥香と、雫の部屋。
遥香の部屋はかなり物が多いが、整理整頓が上手いので部屋そのものはとても綺麗だ。
雫も物は多いが、整理整頓できてるのか俺には分からない。本人は何処に何があるのかちゃんと分かってる…と言ってはいた。
「祢音ってゲームとかやるの?」
「パソコンでFPSとかなら。前に友梨奈に誘われてから時々、皆でやってます」
「…意外過ぎるんだけど」
「小春と唯はとても上手なんですよ」
朝比奈さんはちょっとオタクっぽさあるからともかく、木下さんもか。
図書委員で白雪と良く話すらしいけど、その白雪もゲームは上手かったな。
「…そう言えば、遥香もかなり上手ですね」
「あぁ、そうだな確かに」
「凛華先輩はやるんですか?」
「遥香の付き合いで偶に。遊ぶってなると俺は基本的にアウトドアか、お菓子作ってるかだから」
それだけ聞くとめっちゃ陽キャだな俺。
そう言う時大抵、遊ぶ相手って白雪と瑠衣しか居ないけど。
「このカップケーキ美味しいです」
「見てれば分かるよ」
「顔に出てました?」
いつもなら「可愛い顔してたね」っていうところなんだけど、この子流すんだよな。
「…こういう時、いつもの凛華先輩なら「可愛い」みたいな事言うのに」
「祢音はそういうの反応しないだろ」
俺もカップケーキを手にとる。
…チョコチップってなんか魅力あるよな。
「反応した方が良いですか?」
「雫とか如月みたいに表情豊かな奴は確かに面白いけど、無理に反応しなくて良い」
「…凛華先輩って時々よく分からないんですよね。なんかズレてるっていうか。性格の根っこが見えて来ないような」
「根っこ…んー…」
どうだろう?ズレてると言われるとそうなのかも知れない。
普通にしてるつもりでも大衆に馴染めない事が多いのは事実だ。
落ち着いた性格をしてると言われる事が時々あるが、喧嘩っ早い自分を隠そうとしてそうなってるだけのように思う。
「変な人なんだよ、多分」
「自分で言うんですか?」
「自分を客観視するのが下手って自覚はあるけど、ズレてるって事はそうなんじゃないか?」
「…そういう所見ると、黒崎先輩が執着してるのが分からなくなるんですよ」
「椿が俺に執着してるのは俺が一番分からないから」
遥香は色々結論付けてるし、話聞いてある程度納得している。
それはそうと理解できるかと言われると微妙な所だ。
「やっと決着ついたと思っても、なんだかんだ言って顔合わせる事になるんだよなぁ…。っと…俺はそろそろ帰るよ」
リュックサックを肩にかけて座っていたベッドから立ち上がる。
「送迎出しますか?」
「いや良い、買い物して帰るから」
「分かりました。では…明日は、昼休み話せると思います」
「そうか、じゃあ明日」
◆◆◆
マンションを出てから向かったスーパー。
母さんから来ていた連絡を見ながら商品棚を回っていき、十数分で買い物を済ませる。
いつもの帰り道、夕暮れ時が迫る時間に自宅の玄関前に到着した時…俺は思わずため息を吐いた。
「…またかよ…」
人の家の玄関前で、母さんと見慣れた顔が並んでいた。
「…人ん家の前で何やってんだ?」
「凛華、やっと帰ってきたわね」
「あーそうだな」
「凛華!なんで椿ちゃんまだここに…」
「そうですよ!」
当然のように居る椿を無視して、俺は何故居るのか分からない如月友梨奈と金村瑠衣も無視する。
「母さん、おかえり」
「…えぇ、ただいま」
「これ、頼まれてたやつ」
母さんにエコバッグを手渡して軽く背中を押す。
「母さんは入ってて、俺が話すから」
「……分かったわ」
不満顔ながら一応納得はして、母さんは先に家に戻った。
俺は一旦三人に向き直る。
「…とりあえず瑠衣と如月は何しに来たんだ?」
「僕はいつになっても連絡が繋がらないから来たんだけど…」
「えっ?」
ここ数時間確認してなかったスマホを開こうとして気付いた。
「ごめん、充電切れてた。それで、何の用?」
「………いや、今日はいいよ」
「そうか」
何か察したような表情で、瑠衣は踵を返した。
急用という理由では無かったのか、雰囲気から立ち去るのが先決だと感じたのか。
どちらにせよ瑠衣は大人しく帰った。
「如月は?何の用事だ?」
「えっ、えっと……ハル…」
「私が呼んだ」
いつの間にか、後ろに遥香が立っていた。
それ以上に何か言うことはせず、家の中に如月を連れて入っていく。
「……で、椿は?何の用だよ?」
椿に向き直る。
その時、彼女は少し不機嫌な表情をしていた。
「何処に行ってたの?」
俺の質問には答えず寧ろ質問を返してきた。
「…祢音の家から帰るついでに買い物してきた。見てれば分かるだろ」
「ふーん…中川さんと仲良しになったんだ」
「元々だけどな」
「………ね、公園行かない?」
「何処のだよ?」
「小学校近く」
「…別に良いけど」
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