第27話 呆気ない

「うぐぅっ!?」


 ゆっくりとドアが開かれた瞬間、その隙間に手を入れて外からドアノブを掴んでいる“誰か”を部屋の外に押し倒しながら俺自身も外に出た。


「ばーか、部屋の入口を陣取る理由なんてこれしかねえだろ」


 嘲笑いながら、俺は問答無用で男の顔を数回殴りつけた。生憎と中学の頃は荒んでいたので、実は結構喧嘩慣れしていたりする。


「凛華先輩、こっち」


 不意打ちで押し倒した相手は、どうやら俺を拉致った二人の内特に体格の大きい方だった。


 俺の体格が平均的なだけに、こういう手段じゃないと勝てないから運が良かったかな。


 祢音の声が聞こえたのですぐにマウントポジションから移動を始めた。


「廃工場って感じですね」

「学校の周辺ってこんなのあったか?」

「ありません。隣町か、隣県でしょうね。かなり距離があると思います」

「面倒だな」


 走りながら、見つけた部屋は一つ一つ覗いていく。


「荷物、どこにあると思います?」

「99%椿が管理してると思う」

「残りの1%は?」

「捨てられたって可能性」

「…そうでないことを祈りますか」

「だな…。せめてスマホ」

「ですね」


 監視カメラで、脱出がバレているのは分かっている。

 父さん達が問題はどこで待っているか。


「とりあえず蹴られた分はやり返したいんだけど…そんな時間は、なさそうかな」

「あれわざとですよね」

「しっかりと監視カメラに残ってるからな、すぐにでも突き出せる」

「…性格悪い…ぁっ!?」

「っと…」


 祢音の呟きに笑いながら、階段を踏み外した祢音の手を取って支える。


「これくらい優しい物だと思うけどな、俺がされたことに比べると」

「…そうは言っても、あまり怒ってないんですよね?」

「否定はできない」

「……優しさではありませんよ、それは」

「かもな」


 誰に何をされても少し経つと、もう別にいいや…って気持ちになる。

 これって、本当になんでなんだろうな?


「…凛華先輩、こっち!」

「ん?」


 祢音が指差した方に向かう。

 どうやら広い部屋に出たらしい。多岐にわたる工業用の機械が並ぶ場所。


 二階から部屋の中央を見下ろして、俺は思わず笑ってしまった。


「フハハハッ…!なんだよそれっ!」

「凛華先輩、これ笑うことじゃ…」


 一階には、警察に拘束される父さんと椿ともう一人の拉致犯。

 それを見下ろす、恐らくは祢音の家族。


 そしてこちらに気付いて軽く手を振ってくる遥香と雫が居た。

 多分、協力してたのかな。


 俺はフェンスに肘をかけて、遥香に手を振り返す。


「兄さん、お待たせ」

「そんなに待ってない」

「先輩、降りましょうよ」

「そうだな」


 下の警察と合流すると、祢音は真っ先に保護された。

 俺は警察に色々と聞かれる面倒を全て祢音に押し付けつつ、遥香の方に向かう。


「…あのさ、俺達の荷物知らないか?」

「回収してあるよ」

「おぉ、良かった。でさ、ここ何処なの?なんで居場所分かったんだ?」

「gps」

「なんの?スマホは取られてたし何かしら対策されてたんじゃ…」

「祢音の制服」

「……へえ…?」


 成程、彼女が「そろそろ助けが来る頃」だと言ってたのはそれが理由か。

 制服に仕込んであるのか、冷静なわけだよ。


 ふと、視界の端で父さん達が連れて行かれる姿を見つけた。


「…ちょっと話したかったんだけど、そんな時間も無さそうか。マジで呆気ないな」

「そんな物ですよ、刑事ドラマじゃあるまいし劇的な展開なんてありません」

「一応、自分の姉だぞ」


 後ろからの雫の声に振り向きながら言ってやると、白髪を揺らしながら呆れたように首を振った。


「流石に救えませんから」

「まず救う気無いだろ…」


 軽口を言いながら俺は祢音に軽く手を振った。

 ペコッと頭を下げてから彼女は親と共に警察に連れられて行った。


「……あれ、俺は行かなくて良いのか?」

「優先順位が違うから。兄さんはさっさと帰るよ」

「えぇ…?ダメだろそれ」

「さっき良いって言ってましたよ、警官の人が」

「………」


 後で呼び付けんなよ?



 ◆◆◆



 後でキッチリと、警察署で話をすることにはなりましたとさ。


 そこで分かった事について、遥香と母さんとリビングで話を纏めていた。


 まず中川祢音の拉致理由について、これは大きく二つ。


 一つ目は海外逃亡用の金銭入手。

 祢音の予想通り、身代金目的の拉致だった様だ。


 二つ目は一人にするための理由や状況作成。

 具体的にはあの無言電話である。


 一体何があったのか。


 まずは椿の交友関係を利用して祢音の連絡先を入手、偽の情報によって彼女を学校から早退させる。

 そんな行動の理由として、万全の体勢で帰宅路につかせる事で情報交錯を狙ったらしい。実際、驚くほど上手く行ったみたいだ。


 その際、リムジンに対して“予定にない交通事故”が起こったそうだ。拉致犯は尾行していたのでその隙をついて本来の予定よりも楽に拉致を行ったんだとか。


 祢音が拉致された記憶が無いと言っていた理由は、その交通事故の際に衝撃によって気絶したからではないか、とのこと。

 交差点で高齢者が運転している車が暴走して、リムジンの横っ腹に突っ込んだらしい。


 …そりゃ情報交錯して混乱するよ。


 因みにあの無言電話は俺を一人にする際に利用された。情報提供者は当然、椿である。


 次に俺の拉致理由について、これも理由は大きく二つ。


 一つ目は俺の母さん…東雲千隼が、元夫の東雲秋人からの連絡の一切を断ち切った事が原因となった。

 これはほぼ椿からの証言通りで、連絡手段がない事から俺を使って母さんを引き摺り出すという手段を選んだらしい。


 もう一つの理由として、椿の存在があった。


 俺や祢音に関する情報を渡す代わりに、誘拐した後の要件が済んだら、東雲凛華の全ての処遇を任せる…と。


 息子の事は煮るなり焼くなり好きにしろ…と父さんは普通に言ったらしい。


 父さんと椿の関係性が分からなくなる事がとてもよくあったが、遥香が言うには「考えるだけ無駄」とのこと。

 ……以前に雫達がファミレスで見かけた二人は、この計画について話していたようだ。


 そして最後にあの、拉致実行犯の二人。

 彼らに関しては中川祢音の父親の元部下で、色々と私怨を抱えていた事から父さんに協力。


 身代金の回収後には、父さん含めた三人と祢音を連れて海外逃亡する…という計画を立てたそうだ。


 全ては祢音の制服に仕込まれたgpsと…この計画の遥香の推理によって失敗に終わった。


 …俺の妹やっぱりエスパーだよ、高校生探偵でもやったら良いんじゃないかな。

 日本の探偵にそんな文化はないけど。

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