第26話 呑気な被害者
足音が響いてきた気がして、目を覚ました。
真っ先に視界に入ってきたのは、中川祢音の寝顔。
自分が仰向けで寝ているのにそれが見えるということは、どうやら膝枕をしたまま二人で寝てしまったらしい。
これはちょっと申し訳ないな。
体を起こした時に驚くほど頭がスッキリしていたので思ってたよりも膝枕効果は凄いらしい。
ちょっと体が痛いのは、昨夜蹴られたからだろう。
周囲を確認するが、どうやら足音ではないらしい。
一体何の音で目覚めたんだ…?
座ったまま壁に背を寄せて寝ている祢音を横にして、逆に膝枕を提供する。
「……今何時だ…?」
部屋はいつの間にか薄暗くなっていた。
どうやら照明が消えている様だが、来たばかりの時よりも少し明るいから朝だろうか。
全く空腹感がないが、それはいつもの事。
「日跨ぎしてても休日だから別に良いけど…」
「…何も良くないです」
返答が来るとは思ってなかった。
少し眠そうに欠伸を隠しながら体を起こす中川さん、少し乱れた髪を直しながらの苦言に俺は思わず苦笑いをした。
「おはよう、中川さん」
「…おはようの時間帯なんですね…。…お風呂入りたい…」
「その気持ちめっちゃ分かる」
「元気ですね凛華先輩は」
「寝心地が最高だったからな」
「光栄ですね」
照れもせずにそんな返しをしてくれるあたり、やっぱり余裕あるよこの子。
「…冗談は置いとくとして、どうしたもんかな」
「いい加減、動いた方が良いと思いますけど…。そろそろ助けも来る頃でしょうから」
「んー…そうなのか?」
「多分です。そもそも、ここ何処なんですか?」
「さあ?全く知らない」
立ち上がって、軽く服を払う。
この部屋は十畳に満たない程度の広さで、窓はないが何処かから微妙に明かりが入ってくるので薄暗い。
天井に照明や監視カメラが有る程度で、他にはこれと言って何も無い。
強いていうなら、俺が縛られていたロープが二本だけ。
入り口の扉は内側からは鍵を開けられない様に改造してあり、他に出入りできそうな場所はない。
「んー…一応、こっちからは開けられない様にはなってるなこれ」
「じゃあどうします?」
「壊すとか」
「どうやって?」
「これスチールだろ?人力では無理じゃねえかな、道具使うならまだしも」
「なんで提案したんですかそれ」
まったくもう…と言いながら、中川さんはくすっと微笑んだ。良いね、可愛い。
「…これ金庫を内側から見た様な構造になってんのかな」
「まず金庫の内側が分からないです」
「俺も良く知らない」
そんな事を話しながらも部屋を隅々まで調べて、一つの結論に至った。
「出れそうにないな」
「ですね、拘束しないのも納得できます」
「……しりとりでもするか」
「嫌です」
「うん、俺も」
「なんで提案したんですかそれ」
さっきも同じ事言われたな。
それにしても、本当にどうしようか。
「…マジで暇だな」
「暇ですね」
「……仕方無い、引き摺り出すか」
「…えっ?」
「あの監視カメラ破壊しよう」
「どうやって…?」
「ロープあったろ、引っ掛けて引き千切る」
「できるんですか?」
「多分無理」
「なんで提案したんですかそれ」
飽きもせずに同じことを言って笑ってくれるこの女の子マジで天使。
「あ、そうだ中川さん…」
ぼーっと監視カメラを見つめていた中川さんに声を掛けると、なにやら怪訝な表情で振り向いた。
「あの……えっ?何その顔?」
「今更ではありますけど、なんで未だに中川“さん”なんですか?」
「えっ…?このタイミングでそんな話する?」
「ずっと気になってましたよ」
「そうなの?じゃあ祢音でいいか」
「それで良いです。先輩にそう呼ばれるのずっと違和感あったので」
ふざけて言ったのに呼び捨てで良いらしい。どうやら先輩から一々さん付けで呼ばれるの事に慣れてない様だ。
「それで、なんで呼び方なんて気にするんだ?」
「私に話しかけてくる先輩って、皆すぐに距離詰めてくるので…。一番仲の良い凛華先輩が“中川さん”って呼んでくるの凄く違和感だったんですよ」
彼女に声かける先輩って如月か彼女本人を狙ってるからじゃないだろうか。
如月の周囲に居る女の子は可愛い子が多いが、彼女達は基本的に距離を詰めても良いことはない。
逆に適切な距離保ってると、こうして彼女達の方から縮めようとしてくるんだけど。
ただ状況はもう少しだけ選んで欲しい所だ。
「あ、そんなどうでもいい事より、君に一つ聞きたかったんだよ」
「なんですか?」
「昨日も少しだけ話したけど…君相当なお嬢様だよな。親は何やってる人?」
おかしな質問をしたつもりはないが、彼女は視線を泳がせてからため息を吐いた。
「別に。海外で偶然、事業や投資が成功しちゃった人です」
「偶然ね…」
「当人がそう言ってるので、偶然なんじゃないですか?父親の事業は兄が継ぐので、私はかなり自由にやらせて貰ってるんです。なのであまり関わりはありませんよ」
目を泳がせたのは、あまり詳しくは知らないからなのだろう。親の仕事に興味がないのは俺も同じだから、人のことを言えない。
入り口近くの壁に寄りかかって座ると、彼女も隣に腰を下ろした。
「お金に不自由せずに生きてきた事は認めますよ」
「お金の話は一言もしてないんだけど、それ自虐ネタか何かなの?」
「親のお陰で豊かな生活してますけど、その親のせいで拉致被害に二度あったり、友人関係拗れたりしたんですから、自虐ネタの一つや二つは出ます」
「マジでごめん。親の話されると俺何も言えないんだけど」
思わず言うと、祢音は小さく笑みを浮かべた。
「犯罪者ですからね」
「めっちゃストレートに言うな…」
何で笑いながら言った?その笑顔本当に何なんですか?
「よりによって先輩の親に拉致されてますからね」
「ごめんて」
「凛華先輩は悪くないですよ?寧ろ被害者じゃないですか、一緒にここに居るんですから」
「それはそうだけど…」
「でも幼馴染みの管理はちゃんとしてください」
「ごめんってマジで」
…ガチトーンでそれ言うのかよ。俺の中ではもっとマトモな奴だったんだから、仕方無いだろ。
「でもちょっとだけ、黒崎先輩とか雫の気持ちも分かりますよ」
「何が?」
「凛華先輩の天性の魅力というか、魔性な感じ」
「魔性って…そんな所あるか?」
「ありますよ。自己評価が低い割には堂々としてたり冷静だったり、その反面弱みを見せる時は甘えたり頼ったりするのが上手かったり…。話してると、いつの間にか…すんなり心に入ってくるんです」
…………んー…?
「全く分からないな」
本当に心当りが無い。自己評価が低いとは言うが、友達が少かったり基本的にスペックが普通だったりするから割と自分の事は客観視できてるつもりだ。
冷静だったり甘えたりするのは性格だから何とも言えないが。
「膝枕とか、まさにだと思いますけど」
ジト目で見てくる祢音に思わず苦笑する。
「提案したのはそっちだろ」
「その提案に平然と乗って来られて夜が過ぎたと思った次の瞬間には、逆に膝枕されてる立場だった私の気持ちが分かりますか?」
「や、それはほら…ずっと座ったままにさせてたから申し訳ないなと思ってさ」
「凛華先輩って多分、ある程度関わりがある子からはモテますよね」
「否定はしきれないかもな…」
椿や雫、白雪に関してはその通りだから。
関わりが多くなると、その分好かれる傾向はあるのかも知れない。
そんな話をしていると、ギイィ…と音を立ててゆっくりと部屋の扉が開かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます