第25話 冷静な被害者
「アンタは何がしたいんだ?」
「言う必要がない」
「あー…聞いた俺が馬鹿だった。言われても理解できないよな、クズの考える事一々聞くんじゃなかったよ」
煽るように、上から目線で、見下したように、できるだけ軽蔑したような表情や口調を意識して言うと、ピクッと表情を歪めた。
もう少し煽れば行けるかな。
「所詮は息子に責任押し付けるロリコンだもんなぁ、人生の汚点だよ半分同じ遺伝子あることが…あがっ…!」
畳み掛けるように話している途中で、父さんは堪忍袋の緒が切れた様に俺のことを蹴り始めた。
何か言うわけでもなく、ただ苛立ちを隠すことはせずに。
そして自分が蹴りつけている相手が、不敵な笑みを浮かべていたら、その苛立ちは余計に増していく。
「ちょっ…ちょっ、おいやり過ぎだ!」
「こっちは殺しちゃ意味ねえんだろ!?」
余裕ぶって偉そうにしてるくせに、実際余裕なんてないし常に心の中は劣等感にまみれている。
そういう人だったな、この人は。
それでも俺にとっては父親だったから、なにか言う事も気にすることも無かったけど。
ちらりと視界に映ったのは、俺と父さんの間に入ろうとして躊躇っている椿と一切躊躇いなく俺に駆け寄ってきた中川さん。
父さんは変わらず、冷たい目を向けてきてるのだろう、今でもそうだった。
「……」
苛立ってすぐに手が出るのは、俺も遥香も…この人から遺伝したんだろうな…とそんな気がして、すぐに思い直す。そんな訳がない…と。
さっきと同様に小さな声で中川さんが声をかけてくる。
「…大丈夫ですか?」
こくっと頷いて顔を上げる。
離婚後に人を使って拉致した挙げ句、これだけ傷をつければ言い逃れはできないだろう。
この人には大人しく縄に着いてもらう必要があるだろうから、こうするのが最善だと感じた。
こんなことしなくても良いとは思うけど、念の為だ。
…それにしても、「こっちは」か…。俺は殺しちゃだめだけど、中川さんは良いって事なのか?
そもそも平気で人を殺す話をしてるこいつらは一体、どういう奴らなんだろうか。
言葉だけなら良いんだけど。
ふと、父さんは協力者であろう二人に、懐からとりだした何かを手渡すと、少しだけ耳打ちをした。
その後父さんと二人は部屋を出て、椿だけが残る。
パッと周囲を確認したときに、監視カメラらしき物が見えたのでここの様子は確認されてると思っていた方が良さそうだ。
「……で、椿はなんで居るんだ?」
「さあ、なんでかな」
適当すぎる誤魔化しを言いながら、彼女はその場にしゃがみ込んだ。
転校先の制服を着ているので、学校には行ってたんだろう。
「遥香ちゃんは来ないよ」
薄ら笑いを浮かべた椿の呟くような小さな声。
まるで、誰にも聞かれたくないと思っているかのようだった。
俺も応えるように小さな声を意識する。
「唐突だな、別に遥香来るなんて一言も言ってない」
「あの子はいつも澄ました顔してるけど、実際は常に凛華の事で頭いっぱいだから」
「…俺の妹はそんなにブラコンじゃねえって。そんな事より、なんで俺と中川さんが拉致されてんだ?」
「そっちの理由は知らない」
表情は変わってない、おかしな仕草もない。嘘をついてる様子はなかった。
「なら俺はなんで?」
「千隼さんが何しても会ってくれない話をさせてくれないから、秋人さんが強行に走っただけ」
やっぱり嘘をついてる様には見えなかった。どうやら俺というより、母さんに用があるらしい。
「秋人さんが、用が終わったら私にくれるって言うから。貰っておこうかなって」
「成程、とうとう物扱いになったのか」
「……逃げないの?」
どうしてか、すこし面白くなさそうに聞いてきた。
「俺が逃げたら、あの人達を警察に突き出す機会が無くなるかもな。椿がついてる以上海外逃亡とかできそうだし」
「そんなのでお父さん使ったりしないよ」
「あの人お前の頼みだと聞くだろ」
「まーねー」
くるくると髪を弄りながら、立ち上がる。
「…で、椿はどうするんだ?」
「どうって?」
「父さんが捕まったらどうするんだって」
「そうなったら凛華が私の事庇うから」
フッと笑いながら立ち去る椿。
「……最っ低…」
中川さんが軽蔑したように呟いた。
「…まあ、実際やりそうではある」
「人を想う心につけ込んでの悪行は、クズのやることでしょう」
「実際クズの集まりみたいなもんだろ。尻軽と性犯罪者と拉致実行犯二人だからな」
内二人が身内という事実に言葉もないが。
「……この後どうします?」
「どうもしない、変に動いて混乱させるよりここに居たほうが良い」
「でも、遥香は来ないって」
「どうだろうな?どうにかして逃げ出して欲しいだけなんじゃないか?」
「…そんな事ありますか?」
俺はないと思う。けど他に思いつかない。
「分からないけど、わざわざ拉致った挙げ句野放しで放置しておくのってどう考えてもおかしいだろ?」
「それはまあ…」
「あと単純に、めちゃくちゃ眠いからあんまり動きたくない」
「この状況で眠いって…」
ふと、中川さんは何か思い至った様に微笑んで、俺の頬に手を添えた。
「えっ?なに?」
「膝枕しましょうか?さっき監視カメラみたいなの見つけましたから…」
「…あ、なに?見せつけんの?」
「黒崎先輩はまだ凛華先輩に未練たらしい感じに見えたので、感情的になるかな…と」
「成程、つまり暇なんだな」
「そういう事です、行動しないなら暇つぶししましょう」
この子本当に余裕あるな。
眠いのは事実なのでお言葉に甘える。
……ちょっとなんか恥ずかしいけど、これ良いな。
さり気なく頭を撫でられて、意識が落ち着いてく。
「……あれ、本当に寝た…?」
「………」
息遣いが一定になった先輩に声を掛けるが、反応はない。
すこし肌寒さを感じるのか、体を縮めると長い前髪から不意に美少年が覗いた。
以前に見た記憶はあるが、やはり妹の遥香と二つ。
整った顔立ちに、男子高校生にしてはあまりにも触り心地が良い綺麗な肌。
話している時はしっかりと男の子の声なのに、顔だけ見ると本当に可愛らしい。
お菓子が好きで穏やかな性格をしていたり、人並以上に優しさがあったり。
こういう姿を見てしまうと、幼馴染みである黒崎椿や雫が彼に固執、執着してしまう気持ちも分かるし納得できてしまう。
秋人と言う彼の父親と彼を見比べると、外見や性格からはどうにも血縁関係があるようには見えなかった。
祢音は他にやる事も無いから、さらさらと指通りの良い髪を弄って時間を潰した。
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