第23話 意味深に呟かれる

 雨が振り夏服では少し肌寒く感じる日がある、そんな6月も半ばに入ったが、昼休みには相変わらず後輩達が空き教室に集まってわちゃわちゃしている。


 そんな光景の中心に居る如月をぼんやりと眺めながら、弁当を片付ける。


 ここは百合百合しい空気だが、壁があるように俺の方には机は並んでいない。


 偶に話しかけられたりするが、最近はただ居るだけになりつつある。


 …居なくてよくね?


 と思うけど、別に他に行くところがあるのかと聞かれると答えられない。だからここに来る。

 …妹と一緒の部屋でお昼の時間を過ごしてる事を考えると別におかしくもないか。


 理由もなくスマホの画面に視線を落とす。


 普段なら気にも留めないネットニュースをサラサラと眺めて行くと、少しだけ既視感のある記事が目に入って来た。


「……中学生の妊娠ねぇ…」


 思わず小声で呟いた。


 思春期の学生が性に興味を持つのは何もおかしくない事だろうけど、実際に行為に走ってしまう事の責任は誰にあるんだろう?


 誘ったのが悪いのか、拒否しなかったのが悪いのか、はたまた学校の道徳や性に関する教育が未熟なのか、親の監督不行き届きなのか。


 俺の知ったことではない。最終的には当事者の問題だから。

 だがあまりにも身近な話題過ぎて、色々と考えてしまうことがある。


 椿の父親…卓三さんはこうなる事を危惧して俺に約束事を持ち掛けたんだろうけど、問題は俺じゃなくて椿側にあった。


 今現在、うちの父さんと椿の関係や、椿の浮気相手の周辺環境がどうなってるのか、そう言った事を俺はは把握してない。

 少なくとも椿は転校先で上手くやってるだろう、という予想はできるという程度。


 彼女のルックスと表向きな性格は完璧美少女だから。

 こっちに居た時と同じような事になってるのか、卓三さんに釘刺されてるのか。


 椿の浮気や妊娠云々の話がある程度落ち着いた後に、卓三さんは電話越しながら酷く焦燥した声で謝ってきた。


 その後、母さん経由で、父さんと椿の関係が発覚した後にも、俺と母さんに謝ってきた。


 卓三さんは雫がこっちに引っ越してきた後にも、実は「椿とは全く関係無いから、雫とは仲良くして欲しい」と連絡を入れてきたくらいだ。


 椿が半ば無理矢理うちに来た時にも、やっぱり連絡をしてくる。


 ……俺も母さんも、卓三さんが誠実な人なのは知ってるから…別に、卓三さんに対して怒りを覚えたりはしていないのにな。


 親の監督不行き届き、というのはまさにその卓三さんが使った言葉で、責任を問うのであれば自分に、と言ってきた事があった。


 果たして子供の、なんなら高校生で、しかも女子の性事情に父親が口を挟む事なんてできるだろうか?


 いくらなんでもハードルが高すぎるんじゃないだろうかと、そう思ってしまう自分が居る。

 娘を二人持つ身であるからこそ思うところが、きっと卓三さんにはあったんだろうけど。

 椿の行動に気付いたとして、あの人に口出しが出来たとは思えない。


 少なくとも殆どの知り合いに気付かれる事も無く5年以上過ごしてきたわけだから、気付くことも無理だったんだけど…。


 卓三さんが優しい人なのは知ってる。

 椿に対しては群を抜いて、だが。


 ……まあ、怒ったりはしてないが。

 それ以前に俺は卓三さんが好きじゃ無い。


 雫の気持ちを考えずにひたすら気を使って優しくし続けたのが彼女にとって苦痛だったことを、あの人は今後一生知ることはないだろうから。


 椿の事を、守るのに必死で、椿の事も周りのこともあまり見えてない。


 …まあ、俺が口出すことじゃないけど。


 そう思いながら席を片付けて教室を出ると…後ろから、とんとんっ…と肩を叩かれた。


「…凛華先輩」

「ん?」


 追って教室を出て来たのは中川祢音さん。


 少し手を引かれて空き教室から離れた場所へ歩く。


「…どうした?」

「えっと…昼休みもうすぐ終わるので詳しくは放課後に、相談したいことがあるんです」

「相談?如月達には話せないのか?」

「先輩の方が頼れそうだったので」

「…そう、まあ…分かった。放課後…さっきの教室で良いよな」

「はい、お願いします」


 スッと綺麗な動作で頭を下げてから、空き教室に戻って行った。


 身長が同じくらいで、真っ直ぐに目を向けるとぴったり視線が合うせいか…目を合わせて話す時に少しドキドキする。


 やっぱり美人な女子の後輩って良いな…。


 如月が居るから目立ち過ぎないだけで、彼女も学年内では相当モテてるらしい。

 遥香が言ってたから多分間違いない。


 三階の教室に戻る途中、どうしてか同級生達が慌てた様子で下に降りていった。

 一人や二人じゃなく、十何人と。


 その中に瑠衣や白雪は見かけなかったので、教室に居るだろう。


 そう思って二年教室に戻ると、窓から外を見下ろす様に二人だけは残っていた。


「…なあ、白雪。何か有ったのか?」


 声を掛けると二人はいつもと変わらない様子で振り向いた。


「あ、凛華」

「東雲君どうかした?」

「なんかすげえ人数が下に走って行ったから」

「あぁ、それね…」


 二人は窓の外に視線を戻した。


 釣られるように窓に歩を進めて、校門に目を向ける。


「……なにあれ?」


 校門前にリムジンが駐車されており、スーツを来た体のでかい男性が四人ほどリムジンのドアの前に立っている。


「中川祢音の家の人」

「中川さん…って、あの人の家あんな…?なんて言うんだ、あのガードマンじゃなくて」

「ボディーガード?」


 白雪の言葉に頷く。

 

「そうそれ。みたいなの必要なくらい、格式高い家なのか?」

「らしいよ、僕は知らなかったけど」

「俺も知らない…けど、マジであれなに?現代日本に必要ないだろ。なんでこんなタイミングであんなことになってんのか…」


 ふと、尻ポケットに入ってるスマホが鳴ったので確認すると…成程と納得できた。


「…母親が行方不明になったんだと」

「えっ?なにそれ怖っ…」

「あー…成程それで、慌てて中川さんの事も回収しに来たのか」

「みたいだな」


 放課後会えなくなりましたごめんなさい、と連絡が入っているが…流石にそんな事態なんだから、この際どうでもいいだろう、謝ることも無い。


「……椿ちゃんに如月さん、黒崎さんと来て…その次は中川さんか…」


 意味深に瑠衣が呟いた。


「なんだよそれ?」

「いや、最近の凛華はトラブル尽くしだから…これも凛華が巻き込まれるのかなって」

「…いや、流石に関係ないだろ」

「あるかもよ〜?」

「……無いって」


 言い切れないのがなんか怖い。


 ……俺今日、無事に家に帰れるんだろうな……?

 瑠衣のせいで不安になって仕方無いんだけど…。

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