第22話 察しのいい兄妹

「…あれ…?如月、今日は一人?」

「はい、皆色々あるみたいで」

「君と俺が何もしてないみたいな…」

「部活も委員会もしてませんから」


 玄関で遭遇した如月と二人で校門を出て行くと、チラホラとこちらを見てくる生徒がいる。


 やっぱりこの子は人気あるな、隣に二人だけでいると流石に目立つ。


「…リン先輩と二人だけで話すの、久しぶりですね」

「久しぶりってほど関係長くないけどな」

「一ヶ月はあります」

「…まあでも、別に俺と二人で居たいわけでもないだろ」

「そんな事ないですよ、一緒に居て楽しいですから」


 適当なお世辞を言わせてしまったことに何となく罪悪感を覚える。


 ふと隣を歩く美少女の髪に触れた。

 手触りの良い黒髪の中に、根本からどことなく青い髪が…。


「…え?このメッシュって地毛?染めてないのかよ?」

「はい、そう見えるだけでちゃんと黒ですから」

「黒、いやまあ……え?」


 本当に黒髪かこれ?

 なんて疑問を覚えるくらいには黒と青が混ざった様な色をしている。


「…それより、何の抵抗もなく女の子の髪に触るのってどうなんですか?」


 そんな言葉の割に、優しい表情をしている。


「あぁ、ごめん…意識してなかった。身近な女の子が遥香とか雫とかだから、年下の女子と仲良くなると、なんか距離感がな…。嫌なら言ってくれよ」

「嫌じゃないから良いですけど」


 手を退けようとすると、その手を掴まれてまた頭の上に。


「ん…?嫌だから言ったんじゃないの?」

「違います、やらない方がいいと言っただけです」

「…何が違うんだよ?」


 んー…何で分からないかな…と少し悩むように唸った。


「彼女居た事ある割には察しの悪い…」

「実質的には居なかったんだよ、残念ながら」

「そう言えば、黒髪先輩とはちゃんと話しつけたんですよね」

「あぁ、うん。納得されてるのかは分からないけど…」


 ふと思い出したように袖を引きてくる。


「ほら、あれ。…前に雫達と見つけたアレは何だったんですかね」

「さあ?聞き忘れてたからなんとも」

「……なーんか、怪しいんですよね黒崎先輩」

「怪しいってどこが?」

「何もかもですけど。昨日黒崎先輩と話、したんですよね。シズとハルの二人から詳しく聞いたんですけど…」


 ちょっとだけ待ってくれ。

 いつの間にか雫がシズになってるんだけど、それは親友判定されたって認識で良いのか…?

 その話題の渦中にいる黒崎先輩の実の妹だぞ。


「多分ですけど、黒崎先輩の中だと、将来的にリン先輩と結婚してリン先輩の子供を産んで円満に……っていう未来予想図が完成してたんじゃないですかね」


 ごく真剣な表情でそんなことを言う。


「…もしそうだとしたら、余計な事して俺に疑われるような行動するか?」

「リン先輩の考えとは逆ですよ多分」

「逆…」

「何やっても、最終的にはリン先輩と丸く収まるって言う考えで軽率に行動してたんですよ。黒崎先輩って何だかんだ頭はいいですけど、ハルの言う通り、一人の人に夢見すぎですね。それを見せるリン先輩も中々罪作りですけど」


 俺に夢を見すぎだ、というのは同感だ。


 俺の何が彼女を狂わせたのか、それとも元々狂っていたのかは分からない。


「…あ、そうだ。昨日は黒崎先輩、シズのところに泊まったらしいんですけど…その時に、黒崎先輩の初体験について聞き出したらしいですよ」

「へぇ」


 小4の時、だったか。早すぎて怖い。


「気にならないんですか?」

「気にはなるけど、その話を君の口から聞くのはちょっと抵抗ある」

「私も話すの抵抗あります…けど、先輩には教えておいた方がいいとシズが言うので」

「……別に人の性事情だし、俺が聞く事無いんじゃ…」

「秋人さん」



 如月がそう言った時、自然に足が止まった。



「…え?」

「…先輩とハルのお父さん…。秋人さんにから半ば強引に…らしいです」

「……」


 絶句、というのはこういう事を言うのだろうか。


「…以来、かなりの頻度で会ってたらしいですよ。主に、黒崎先輩から声をかけてたそうですけど…」

「…ん?ちょっと待って?そこは父さんが何回も強引にしていった結果として性に溺れたとかじゃないのかよ」

「それ以前から興味はあったみたいで、それがキッカケになっただけらしいです」


 思ってたのと違う。


「……そもそもなんで父さんが…」

「ハル曰く、千隼さんが滅多に帰って来なかったのが原因じゃないかと。その当時からご両親の仲違いは進んでいたと言ってたので…」

「…心当りある…」


 そもそも両親の仲が良かった時期を知らない。

 なんで結婚したんだこの二人って思う事の方が多いし、よく子供作ったなって今でも思う。


「ハルの話をそのまま引用すると…『椿ちゃんは生理来てないのをいいことにヤりまくってたと思う、今の椿ちゃん見てる感じだと、ね。あの人生理来たのって中一の時らしいから』…だそうです」


 声真似下手すぎるんだが、話には納得できた。


「ハルって凄いですよね、人をよく見てるというか…」

「同感、遥香はなんか頭が回りすぎて怖えよ」


 ふふっと笑い合う。

 だがすぐに真剣な表情に戻った。


「…でも不思議ですよね」

「ん、何が?」

「それだけあって、何で幼馴染みのリン先輩に対しては態度を変えなかったんですかね…。付き合う前だったら、なし崩し的に関係持つことも出来そうですけど」


 椿の部屋で二人っきりになる機会は何十回何百回とあったが…椿に誘われたことも、当然だが俺からなにかすることも無かった。


「…そもそもリン先輩と幼馴染みってずるい」

「ん…。なに?」


 如月がボソッと何か呟いた様な気がした、考え事して聞いてなかった。


「別になにも」

「……確かに、不思議だけど、椿の気持ちなんて遥香じゃないと分からないよな」

「ハルなら分かるんですかね」

「流石に憶測だとは思うぞ?普段の観察力を生かしたしっかりと根拠のある話をするから説得力が桁違いなだけで」

「…ああいう妹いいですよね。私も妹とか欲しかっ たな〜」


 …チラッと見られても、あげられませんよ?


 そもそも俺が欲しくて居るわけじゃないし、如月の場合は遥香と同級生だ。


「まあ遥香が良い妹なのは認めるけどな、流石にあげられない」

「…あ、でも一つ方法ありますよね」

「…ん?」

「リン先輩と結婚すれば、ハルも妹になりますよ」

「あー…成程、そんな手があるのか」


 普通に感心したわ。

 確かに義妹という存在が世の中には居るんだったな。なんで忘れてたんだろう。


「……先輩」

「…何だ?」

「ハルの察する能力を見習った方がいいですよ」


 如月がどこか面白く無さそうにそう言ったので、俺はわざとらしく笑って、至近距離にまで顔を近づけた。


「君がからかおうとしてる事くらい分かってるんだよ」

「──っ!」


 ビクッと目を見開いて、顔を逸らした。

 そんな如月の反応に満足したので、彼女の手を引いて家の前に立たせた。


「あっ…」

「じゃ、俺は帰るよ」


 話している内に、如月の家に到着していた。


 プラプラと軽く手を振って立ち去る。


「……からかってません…」


 俺は後ろから小さく聞こえていた声をバッチリと耳に入れた。


「知ってる」


 彼女には聞こえない声で呟き、小さく肩を揺らして笑う。


 生憎と、遥香ほどでは無いが察しは良い方だ。


 …君が何を言われたくて、何を思っているのかくらい表情で分かるんだよ。


 残念ながら、これでも遥香の兄貴なんでね。


「案外、俺もモテるらしいな」


 椿とか雫とか如月とか。

 人を見る目が有るのか無いのか、俺にはちょっと分からないな。

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