第14話 椿と雫
どうやら家具はほとんど残っており、荷解きの必要があるのは私物だけだったので時間はさほどかからなかった。
滞り無く、一時間程度で作業は終わらせて、俺と雫はリビングで一息。
「ふぅ…流石に一人でやるより早いですね」
「君が俺をからかわなけりゃもう少し早く終わったんだけどな」
「一々反応しなければ良いでしょう」
「美少女のパンチラで無反応を貫き通せる男子高校生を知らないんだけど」
「私も知りません」
「美少女を否定しろよ。謙遜の心は実家に置いてきたのか?」
「事実ですから」
分量を間違えてめちゃくちゃに渋いお茶を飲んで、ため息を吐いた。
「それはそうと、凛華兄さん」
「お前の兄貴じゃねえよ」
「その辛辣さはどうにかならないのですか?一応、5年ぶりの幼馴染みですが?」
「その幼馴染みにさんざん煮え湯を飲まされたからな」
今はクソ苦いお茶を飲まされてるがな!
「浮気でもされましたか?」
「ん?アッチで話聞いてないのか?」
「聞かされる前に出てきました。」
「えっ、それおばさ…小夜さん
「してません。姉よりも生活力はあるので」
…あれぇ…?俺の知ってる雫ってこんな子だったっけ…?
大人しい子だった筈なのだが、流石に5年経てば変わる物なのか。
俺はここ半月であった事情を丁寧に話していった。
「…フッ…」
「鼻で笑うことじゃないだろ」
「まず本当に付き合ってたんですか…。まあ、ざまぁないですね。それはそうと、股の緩い姉が迷惑をかけたようですね、すみません」
「君も中々辛辣だよ?なんでそんなに椿の事嫌いなんだよ?」
「私のことを差し置いてチヤホヤされてるからですが?」
「君等、結構似てるんだな。知らなかったよ」
成程そういう事か。納得した、とても納得した。
椿の本性が性欲と下ネタに溢れていた様に、雫の本性も姉嫌いと棘のある性格なのか。
どっちも見た目と同じくらい無駄な部分のプライドが高いんだな。
俺の知ってる椿が居なかった様に、俺の知ってる雫も居ないらしい。
「凛華兄さんは私と姉のどっちの方が魅力あると思います?」
「兄さんって呼ぶなってマジで。てか、まあでも……」
「聞くまでもありませんでしたね、愚問でした。その反応はどう見ても私ですね」
……えっ?何この無駄過ぎるやりとり。 表向きだけだったら普通に椿なんだけど、初めて内面まで知ってやっと雫だよ?
一番は昔の椿。
…で、結局一体今の問答は何だったのだろう。
「…君の自己肯定感どうなってんの?」
「限界突破してます」
「だろうね。そんな気がする」
「私こう見えて頭良いんですよ」
「まあ…椿の妹だしな」
「姉より頭良いですから」
「ああ、そうかい…」
表情はコロコロと変わるのに、なんで声色は一定なんだこの子。ニコニコしたと思ったらドヤ顔したり、不機嫌になったり。
そのくせ声に抑揚がないの話してて違和感あるな。
「私アルビノの癖に運動できてしまうんですよ。外運動は無理ですけど、そこは愛嬌ですね」
「えっ?『アルビノの癖に』って自分で言うの?それマイクロアグレッションとかなんとかってちょっと問題になってなかったっけ?」
俺の疑問を気にすることもなく、話は続く。
「一応世の中にはアルビノでもアスリートやってる人は居ますけど、私疾患は少ない方ですから障害扱いじゃないんですね」
「ああ、そう…」
「で、この見た目な訳ですよ。美人で色白で白髪なのでまあ目立ってしまうと」
「…そうだな」
事実を言ってるだけなのはその通りなのだが、何故ここまで堂々と言えるのか、それが分からない。
「自己肯定感をどう下げろと?」
「君さ、イジメられたことある?」
「ありますよ、それはもう沢山。女子の嫉妬を一身に受ける訳ですから、罪な女ですね」
「…考え方の問題だな」
うちの妹と違って、雫はとてもポジティブシンキングなタイプらしい。
雫は長い白髪をくるくるとイジりながら言葉を続けた。
「確かに世の中からすれば私はハンデ持ちだと思われるんでしょうけど、私からすれば『ハンデ持ちにも勝てないのかよ?』って言ってやりたい所ですね」
「強かだな…」
「まあ私は強い光が苦手なだけの、ただの色白清楚系美少女なんですけど」
椿よりは清楚系だけどさ。
「……それ自分に言い聞かせてるのか?」
「事実ですが?」
「事実だけども……。いくらちょっと顔が良いからって…」
「…ちょっと?」
ギロッと睨みつけられて、言い直す。
「…とても…?」
「そうですね」
「…自己肯定感バグってるって…」
「私結構天才系なんですよね」
「なんで自分で全部言っちゃうのかな」
浮気してもなお強気でグイグイと来た姉の椿とよく似ている。
彼女もまた自分はこうであって当然だという精神がちゃんとあるんだろう。我が強い、という言い方が相応しいか。
「あ…そうだ、雫は遥香と話した事あったか?」
「ありますよ。根暗ちゃんですよね」
自分の感情と思考に正直過ぎるだろこいつ。思ってること全部口に出るタイプなのか?
「……久しぶりに会わないか?」
「高校で会うでしょうから、後で良いです。それよりも凛華兄さん」
「兄さんじゃねえっての」
「今フリーなら私とお付き合いしません?」
突拍子も無い発言に俺は即座に首を振った。
「嫌」
「なぜです?」
なぜです?と来たか。そんなの分かりきってるだろう。
これ以上黒崎家の人達と気まずくなるのは御免だからだ。
正直に言っても良いがそれで引き下がる様には見えないので、取り敢えず言い訳を考える。
「…えっと、自尊心の塊みたいな君にはもっと相応しい人が居るんじゃないかな」
「相応しさなんて要りませんよ?」
「兄さんって呼ばないならいいよ」
「じゃあいいです、諦めます」
それで諦めんな。
「兄さんって呼ぶことに何の意味があるんだ?自分で言ったけど俺を兄と呼ぶことはステータスにならないぞ」
「姉を姉と呼びたくない様に、身近に居る少し歳上の男性を兄と呼びたい時期なんです。分かるでしょう?」
「何も共感できない」
凄え適当な理由つけるじゃん。
「…で、真面目な理由は?」
少し真剣に質問すると、コップを置いて雫はため息を吐いた。
頬杖を付いてつまらなそうに窓の外に目を向ける。
「別にこれといった理由はなくて、母の実家で初めて会った時に見た、凛華と椿の…二人の距離感が羨ましかっただけで」
そう言われて、少しだけ思い出した。
確か、雫とは呼び捨てにし合っていた筈だ。呼ばれ方に違和感があったのはそういう事か。
「ねえ、凛華」
「なんだよ?」
「私では、椿の代わりにはなれない?」
少し悲しそうな表情で俺の目を見つめる。
ああ…そうだ。
彼女は、雫はこんな子だった。
いつも優秀で人気だった姉に劣等感を感じて、その立ち位置を自分の物にしたがっていた。
そんな心をひた隠して、姉に並ぶように、そして追い越せる様に努力していた。
アルビノなんて関係ないと言って。
両親や祖父母からの気遣いも、嫌がっていた。
自分を姉と同じ様に扱ってくれない人達を嫌っていた。
椿は普通の妹として接していたが、雫にとってはそれすらも「下に見られてる」と感じていた。
「椿と雫は違うだろ、代わりになる必要はない」
「凛華は椿を選んで裏切られた。私は凛華のことを裏切るような椿は嫌い。でも…私にとって、あの頃の二人は…」
「雫は、昔の椿みたいになりたかったのか?」
俺の心の中に巣食っている、とても魅力的な少女の影を思い出す。
「なれなかったの!」
椿が俺を裏切った、という話。
それは雫にとっても、ライバルに裏切られた様な感覚だったのだろう。
彼女にとって、椿は姉であり、敵であり、憧れであり、ライバルだったから。
雫が椿にこだわる理由はやはり劣等感だ。
だが、今回はそれ以上に「椿がそんな人だと思わなかった」という軽蔑が強いんだろう。
「私の見てた椿は何だったの…?」
「や、ほら椿は椿で、雫は雫。君が彼女を追い続ける理由はないだろ。どっちが上とか下とか、そういう話でも無いんだし」
「…凛華兄さん」
「兄さんじゃねえって、それ辞めろよマジで。俺の事を兄って呼んで良いのは遥香だけだから」
「…つまらないですね」
呟いて、元の調子に戻った。照れ隠しなのか本心なのか、なんとも面倒な性格をしてる子だ。
ため息混じりにお茶を飲み干す。
「…凛華」
「なんだよ…?」
話してるだけで調子が狂うなこいつ。
そう思いながら目を向けると、雫はフッと微笑んだ。
「ありがと、変な話に付き合ってくれて」
ドキッ…と心臓が跳ねたのを感じた。
椿の笑顔は見慣れていたから、気にしたことは無かったが…。
色白で美しい雫の微笑みは、強く瞳に焼き付いた。
…それはそうと、さっきまで椿じゃなくて遥香の代わりをやろうとしてたのは気の所為だろうか…?
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