第13話 白と黒
「…なんか悪いな、遥香に任せて」
「兄さんよりは得意だし」
「まあそうか…。にしても如月、キッチン出禁って割にはちゃんとしてるよな」
「親の足に包丁を落とした事が2回あるってだけらしいよ」
「大問題じゃねえか、そりゃ出禁にもなるわ」
危ないにも程があるだろ。怪我人出てるじゃねえかよ。
「料理そのもので何かをやらかしたわけじゃないから」
遥香がそう言う様に、ハンバーグ自体は上手くできた。
5人分だから片付けは手伝おうとは思ったのだが、母さんがやりたいと言った。
恐らくは如月と話す口実なのだろうから、そっちは任せる。
それからも遥香と駄弁っていると、中川さんがキッチンから出てきた。
「すみません、凛華先輩。私までお世話になってしまって」
「…あれ?教えてもらいたくて来たんじゃなかったのか?」
「私は友梨奈に一緒に来て欲しいって言われたから来たんです。言うタイミングなくなってましたけど」
「あー…まあ、ほら。昼飯代浮いたって事で」
「そうですね、儲けたってことにしておきます」
遥香の隣に座った中川さんを見て、ふと思った。
「中川さん座高普通だな…」
「はい?何がですか?」
「あぁ、いや、何でも」
せっかく誤魔化したのに、遥香が口を開いた。
「兄さんは、祢音は身長の割に座高が低いから『足が長くて綺麗なスタイルをしてるんだな…』って言いそうになって踏みとどまっただけだよ」
全部言うじゃん…。てか祢音って、この数時間で名前呼びかよ。
「そ、そうなんですか…?」
「思ってること全部言われた」
「…思っては居たんですね」
「いや、ほら。昨日『美人さん』って言ったら流されたから言わない方が良いかなと」
「お母様の方が美人だと思いますよ?」
「「それはない」」
遥香と声を揃えて言うと、中川さんが苦笑いを浮かべた。
「そんなに否定しなくても…」
「私と兄さんとお母さんはよく似てるから、それはない」
「まあ、無いな」
父さんの遺伝子なんて無いんじゃないかと思うくらい、容姿は本当に母さんに似ている。
その母さんがお世辞だろうと美人と言われてしまったら俺達はどうなるんだろうか。
不純物でも混じったか?
「…あ、そうだ」
俺はふと思い立って自分の部屋に向かった。
少し経ってリビングに戻ると、母さんはソファに如月は俺が座っていた場所に戻っていた。
「遥香、ちょっといいか?」
「いいよ」
何を思い立ったのか気付いたらしい、遥香はいたずらっぽく笑ってソファに向かった。
遥香の髪を軽く弄って、それから自分の髪も少し整えて弄る。
それを見て、母さんもにやっと微笑んだ。
「ほら、どうだこれ?」
俺はそう言って如月達に向き直った。
弄ったとは言っても、やったのは前髪をサイドに持っていき、ピンで留めただけ。
俺と母さんと遥香は、ほとんど同じ髪の長さで、髪質も似ている。
そして今は髪型までそっくり。
今であれば、顔も双子や三つ子に見られても違和感は無いくらいに似ている。強いて言うなら母さんが童顔過ぎるが。
「わっ…そっくり」
「凄く似てる…」
本当にビックリしているのか、リアクションの声が小さい二人。
「…てか、凛華先輩まで似てるとか…」
「先輩美人過ぎじゃないですか?」
「ちょっと待てなんでそうなるんだよ…?」
おかしいな。
そっくり〜!までの筈だったのに…。
「…なんか反応が予想外」
「そうかしら、予想通りよ?」
母さんはそう言った。えっ?何この人自分のこと美人だと思ってるんですか?
「私もやっと四十だけれど、若い子に声かけられる事多いから。私に似てる二人は美人よね」
どこか自慢げに語った母さんを見て、遥香と俺は言葉を漏らした。
「へえ、知らなかった。私美人なんだ」
「知らなかった、俺美人なんだ……」
成程、それなら納得だ。瑠衣が10点満点つける理由が分かった。
女好きからしたら、顔だけなら満点なんだろうな。悲しい事に。
遥香はペタペタと自分の顔を触った。近くの棚から手鏡を取り出して確認する。
「………普通じゃない?」
流石に十何年と付き合ってきた自己評価は、今になって変わることはないらしい。俺もそうだよ。
「遥香は髪型整えればモテモテよ?」
「なら止めとく」
「止めとくのかよ…」
面倒臭そうに手鏡を片付けてヘアピンを取った。
俺も別に、美人に思われたくは無いからヘアピンを回収。
さっさと自分の部屋に片付けた。
リビングに戻ると、如月と中川さんが遥香に詰め寄っていた。
「……勿体無い。可愛いのに」
「そうだよ、せっかくならあの髪型で学校行けばいいのに」
母さんのからかいに如月が乗っかって来た。
遥香は特に表情を変えずに…
「嫌、面倒」
とだけ呟いた。
しばらく経ってから如月と中川さんは帰った。
二人で来たらしいから、今回は送ることはせずに俺はソファで寛ぐ母枕に膝枕を提供していた。
寝息を立てる母さんは放っといてぼんやりとスマートフォンを眺める。
「…ん?」
ふと、突然の通知に疑問を覚えた。
『明日、少し話せますか?』
……何で俺の連絡先知ってるんだ…?
メッセージを寄越してきたその相手とは、しばらく会っていない。
連絡先を知るキッカケが無い…事は無いが、少なくとも直接交換した記憶はなかった。
特に予定もないので了承の旨を伝えると、時間と場所だけ送られてきた。
「…前の家…?」
◆◆◆
翌日の午後、昼過ぎに着いたのは黒崎宅。
以前に椿とその両親が済んでいた家であり、最近引っ越したので空き家…の、筈だった。
インターホンを鳴らすとすぐに女の子が出迎えてくれた。
小さく会釈してから、眼鏡を上げて真っ直ぐに俺の瞳を見つめて来る。
雪のように真っ白い肌と、同じく白い髪。
フワッと笑顔を浮かべた。
「どうもです、凛華兄さん」
「感情こもってないぞ、それに兄さんじゃない」
表情の割には一切抑揚のない話し方と、不思議な発言に思わず突っ込みを入れた。
彼女は黒崎雫という、椿の妹でアルビノの美少女。
色々あったにも関わらず椿の妹に兄さん呼びされるのは…なんか、嫌だ。
それはそうと、俺の頭の中には沢山の疑問が浮かんでいる。
「…雫、なんでこっちに?」
「一人暮らしします」
「…君が?」
「はい」
「……大丈夫なのかそれ?」
「大丈夫じゃないから呼びました。荷解きを手伝って欲しいんです」
…や、そういう意味じゃなくて…私生活が…。
「あ、ここローン完済済ですから」
「…別にそこ気にしてるわけじゃ…」
彼女は母親の実家で世話になっていた。
それなのに、何故椿達の引っ越しをキッカケにこっちに来ることになるのか…。
雫と椿があまり仲良くないのは知っている。俺は一応、雫との仲もそこそこ良かったつもりだが。
「…私生活なにかと不便なんじゃ…」
「私、アルビノの中では視力良い方ですから」
「いや、遮光メガネ着けながらだと説得力ないし…」
「仕方ないでしょう?外に出るときの必需品です。日光や強い光とかに弱いのは仕方ないでしょう?」
そういう病気だし、本人がそう言うなら仕方無いんだろうけどさ…。
「…一人暮らしがしたかったの?」
「いえ、別に。あと、同じ高校に行きますからそれはサポートして下さい」
彼女は俺や椿より一歳下、如月達と同級生ということになる。
「……何でそんな無理して…」
「姉が来たので、出てきました」
「椿のこと嫌い過ぎるだろ…」
何なんだよこの姉妹。姉が股の緩い性欲美少女で、妹が姉嫌いのアルビノ美少女って…。
久しぶりに会ったから覚えてないが、雫ってこんな子だったか?
昔から椿を苦手としてるのは知っているけど、ここまで嫌いになる理由があったのだろうか。
「…で、なんで俺の連絡先知ってるんだよ?」
「お母さんの端末から盗み出しましたよ」
「えっ?盗んだ…」
「はい。取り敢えず上がって下さい、ここ日当たりが良いので嫌です」
唐突過ぎる状況と、豊かな表情に対して全く変わらない声色のギャップ。
色々な物に翻弄されながらも雫に促された通りに家に入った。
…おっかしいなぁ…こんな子だったっけ…?
そんな疑問を頭の中に残しながら。
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