第12話 心なしか修羅場

「幼馴染みはちゃんと居るよ?」


 なんて無慈悲な現実なんだろう。

 まあ、仕方ないのか。

 モテる子は大変なんだろうな。


 そんな言葉で片付けられるほど心中穏やかでは居られないが、取り敢えず思ったことは口に出した。


「今の子って凄いんだな」

「兄さんも今の子だよ」

「辞めてくれ」

「じゃあ私で卒業しよ?」


 まだ言うのかこいつは…。なんだよこの下ネタ製造機。


「黒崎さん、帰って下さい」

「頼む黒崎、帰ってくれ」

「…えぇ…名前で呼んでよ…」


 性に関してはこっちの知識と認識が浅かった、ということにしておこう。

 生憎とモテる女の子の気持ちなんて欠片も分からないから。


 俺は一旦頭を整理したい。

 あと、割れた皿を片付けないといけないのか。


 遥香と二人で食器を片付けて、改めて椅子に戻る。


 何故か不満顔の椿が居た。


「…帰ってなかったのかよ」

「話途中だもん」

「これ以上、俺の心砕いてどうしたいん…」


 ピンポーンと今日二度目のインターホンがなった。

 一方で何度目か分からないため息を吐いて玄関に向かう。


 ドアを開けると、またも美少女……が、二人。

 青メッシュの髪を揺らす美少女と、俺と同じくらいの身長の美人さん。


「如月…と、中川さんか。どうした?」

「どうした?…じゃないですよ。リン先輩、昨日の昼休みに言ってましたよね」

「…昼に料理教えるって話か、確かにしたかも」


 何となく、そんな事を言ったかも知れないな…なんて思いながら中川さんが持っているエコバッグに目を向けた。

 気付いた中川さんはそれを少し持ち上げたので、俺は受け取って中を確認する。


「集合時間とか言われなかったので、作りたい料理の食材は買ってきました」

「あー…ハンバーグ?」

「はい」


 教える事そんなに無いだろこの料理。今の時代、レシピなんて探せばいくらでも見つかるぞ。

 如月がエコバッグを持っていた俺の手を取って、何か言おうとした。


「あの…「ねえ、いつまで話して…」…えっ?」


 後ろから椿が来た。その姿を見て驚愕している如月と、疑問符を浮かべる中川さん。

 椿の後ろで「めんどくせぇ〜…!」と言わんばかりにうなだれた遥香を見つけた。同感だ、妹よ。


「…ちょっ、リン先輩!どういう事ですか!」

「あれ、黒崎先輩だ…?親の都合で転校したって…」

「ちょっと凛華、どういう事?」


 一体何から説明すれば良いのだろう?

 なんて考えている時でも、事態は刻一刻と変化していく。


「…何をやってるのよ人の家の玄関で?」


 苛立ちが含まれた女性の声。声のした方を見ると、ウチの駐車場がある。


 黒髪ボブのピシッとしたスーツ姿の、中性的な容姿をした女性。

 俺と遥香が髪を整えれば、また兄妹が増えたように見えるほど、俺達とこの人はよく似ている。


 彼女は東雲千隼ちはや、俺と遥香の母親だ。


 帰って来たり来なかったりが不定期で、何故このタイミングなのかと、俺はまた頭を抱えた。


「…母さん、おかえり」

「ただいま。この子達は…って、椿?何で貴女まで居るのよ?」

「千隼さん!お邪魔して…」


 挨拶した椿に対して、母さんは話を遮って冷たい視線を向けた。


「人の心を弄んでおいて、よく平然と家に上がれるわね」

「…そ、それは…」

「えっ?母さんなんで知って…」


 椿の妊娠発覚の時に母さんは居なかった。

 家に居ることも少ないし、知ってるらないと思っていたのだが…母さんはスマートフォンを取り出すと、俺に手渡してきた。

 後ろから駆け足で寄ってきた遥香もその画面を覗く。


「…本当にふざけてるわよ、あの人…」


 母さんの呟きは珍しく声を張り上げた遥香の、悲鳴にも似た叫び声に遮られた。

 画像に写っていたのは椿と……


「お父さん……!?」


 遥香が俺の手からスマートフォンを奪いとって愕然としている。俺は恐る恐る母さんと椿に交互に目を向ける。


 バツの悪そうな表情で目を逸らす椿に、絶対零度の如く冷たい視線を向ける母さん。


 そりゃ睨み付けもするだろう、写真と、今の椿の様子からして、これは一回や二回じゃなさそうだ。


「…卓三さんにその写真を見せ付けて問い正したわ。ちゃんと話は聞かせてもらった」


 普段は口数が少ない母さん。

 声を荒げる事はなく、ただ淡々と椿に言葉を投げ掛けた。


「ねえ椿、私が家に居ないのを良いことに、人様の家族をめちゃくちゃにして楽しいかしら?」

「そ、そんなつもりは!」

「そんなつもりが無かったら、やってもいいと?」

「………」


 そんなつもりがあろうと無かろうと、やってる事の異常さを考えると俺は何も言えなかった。


 母さんはフッと笑みを浮かべた。


「別にいいわよ?ちゃんと反省してるなら」


 馬鹿にしたように言いながら、家に入っていった。

 暗に「反省してないからこうなったんだ」と言ってるわけで。


 椿本人は事態の深刻さに気付いていただろう、行動だけを見たら馬鹿で間抜けな人間だと断言できるが、俺の知る限り椿は決して頭の悪い女のではなかった。


 …俺の知る限りは、だが。


「如月、中川さん、入って良いよ。遥香はこれキッチンに」

「うん」


 呆然と話を聞いていた後輩二人を家に上げて、俺は椿に向き直った。


「……」

「椿、別れよう。流石に、父親と関係ある様な人は生理的に無理だ」


 これ以上の関係は、流石に勘弁して欲しい。

 父親と幼馴染みに肉体関係があるとか、こんな事を知って、尚も自宅に入れて茶番をやれるほど心中穏やかで居られる自信はない。


 さっきはまだ彼女だ、とか言ってたからちゃんと別れる事を告げた。


 遥香が気を利かせて椿の持っていたバッグを玄関まで持って来たので、それを渡してから俺もリビングに戻った。


 苦虫を噛み潰したような表情で地面を見ていた椿。どうしても彼女の瞳に宿る感情がどういった物なのかが分からなかった。




 母さんは普段着に着替えてリビングにおり、遥香は如月と中川さんとキッチンへ。


「椿は?」

「流石に帰らせたよ」

「そう」


 俺は母さんの正面に座った。


「…凛華、あの人とは離婚するけれど、良いわよね?」

「えっ?父さんと…?あ、うん…」


 あの写真見てしまうと流石にノーとは言えなかった。それに母さんの事だから、以前から考えては居たのだろう。


「それと、今まで…凛華には負担かけてたわ。ごめんなさい」


 突然、母さんはそう言って頭を下げた。


「えっ!?い、いや、ちょっと母さん!」

「長い間、遥香の事も任せっきりで…本当に申し訳ないと思って…」

「大丈夫だから!頭上げて!」


 そう言うと母さんはゆっくりと顔を上げた。理由もなく心臓がドキドキしている。

 焦ったぁ…母親に頭を下げさせるのは流石にヤバいって。


「その、仕事の方はそれで大丈夫なの…?」

「ええ、これからは家に居られる時間も作れるから」

「そ、そっか…」


 俺は母さんと話すのはあまり得意ではなかった。

 父さん程じゃ無いにせよ、家にいる時でもちゃんと家族の時間を作ろうとする人ではなかったから。

 それに父親との関係は前から酷かったし、休日なんかはきっと、俺達を煩わしく感じていたと思っていた。

 だからまさか、こんな事を言われる時が来るなんて考えもしなかった。


 母さんがキッチンに居る三人に目を向けたので、俺もそっちを見る。


「遥香の同級生?」

「そう、如月友梨奈…は、顔見れば分かるか」

「そうね」

「もう一人は、中川祢音って言って如月の友達。俺も話す様になったのは最近」


 母さんの遥香を見る目はとても優しかった。


「遥香の面倒は殆ど見れなかったから…ちゃんとしてるのは凛華のお陰ね」

「素直だし、優秀な奴だから」

「そうなったのは、凛華の影響でしょう?」

「んー…どうだろう?」


 遥香は性格的には俺にも多少似ているが、やっぱりどこか違う。母さんに似て頭の回転が速いんだろうと思うことが結構ある。


「…そうだ、母さん疲れてないの?仕事帰りでそのまま来たんでしょ?」

「大丈夫よ。心配しないで」

「ならいいけど、無理しないでよ?ただでさえ…」


 旦那の不祥事を直接目の当たりにしてるわけだから…。


「そういう事なら、凛華だって辛いでしょう?」

「俺は…まあ、うん。大丈夫だよ」

「なら私も大丈夫よ、ちゃんと支えくれる人が居るから」


 それだけ言うと、母さんに頭を撫でられた。こんな事は初めてされた気がする。


「今日は早めに休むつもりだから、今度、三人でどこか出掛けましょう?」

「…分かった、そうしよう」


 微笑みを浮かべた母さんの言葉、俺は素直に頷いた。

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