第11話 発情期のうさぎ

「…なあ遥香、俺って普通だよな」

「普通だと思う」

「……だよな…」


 後輩女子の友達が増えた翌日の朝、俺は鏡の前で遥香にそんな事を聞いていた。

 試しに長い前髪を上げてみる。

 ぱっと見では男とも女とも取れない中性的は顔立ち。


「…性別すら中間なの?」


 遥香に鼻で笑われたので、俺は遥香の前髪をバサッと上げた。

 そこには顔だけなら双子と言われても違和感のない瓜二つな顔があった。


「人の事言えねえだろ」

「お互い、普通すぎる悲しい顔してる」

「特徴が無いって辛いよな」

「面白味が無い」

「不細工じゃないだけマシか…」

「不細工ならまだ笑える。私達は笑えない」


 俺の妹がネガティブ過ぎる件について。


「……どうにかなんねえかなこれ」

「諦めよ。ココア、ホットとアイスどっちがいい?」

「アイス、ミルクで」

「はーい」


 リビングに消えていった遥香。


 俺も小さくため息を吐いて、俺もリビングに戻った。


 ふと、インターホンが鳴ったのでリビングを素通りして出迎えに行った。


「はい、なんです…」


 ドアを開けたら、よく…本当によく見覚えのある美少女が立っていた。何と言うべきか、以前と変わらずの美少女だった。


 俺はゆっくりとドアを閉めた。

 が、その美少女は慌てて体を家に入れてきた。


「凛華ちょっ…待ってよ!!」

「何でここに居るんだよ椿!?」

「話をしに来たの!」

「話す事なんて何も…」

「兄さん、どうかした?」


 玄関で椿と言い合っていると、リビングから異変を感じとったらしい遥香が少し慌てて走って来た。


「あ、遥香ちゃん、悪いけど少し凛華の部屋借りるから…」

「兄さんの部屋でナニするつもりですか?」

「べ、別にそんな…ナニかするわけじゃ…」


頬を染めてくねくねと…って!


「なんかニュアンスがおかしいだろ!何もしねえよ、てか帰れ!」

「いいでしょ、兄さん。リビングで話したら?」


 何故か遥香が入室を認めた。

 俺には妹が何を考えてるのか分からない。ただ、何か思いついた様な表情をしていた。


 …ということで、唐突に始まってしまいました。


 遥香が朝食を食べている横。

 俺が椅子に座って、椿が何か話そうとした瞬間…遥香が先に声を発した。


「…おろしたの?」


 とんでもない質問してます。


「うん」


 椿は平然と頷いた。


 どこで聞いた話かは忘れたが、人工中絶というのは母体の精神状態を大きく変化させやすいとかなんとか…。

 でも椿は、どこかスッキリしている。


「誤ちは誤ちだって、ちゃんと認めるよ」


 これは俺が口をはさむことでは無いだろう、彼女が決めた事だ。それは良い。


 …てか、何で遥香には分かってしまうのでしょうね?

 もしかしてこれを聞くために家に上げたのだろうか。


「…で、なにをしに来たんだよ」

「凛華に謝りに来たの」

「なら帰れ。怒ってないから」

「許されるなんて思ってないよ」

「だから、許す許さないの問題じゃ…」

「兄さん」


 遥香に睨まれて、思わず目を逸らす。

 椿の味方をしているというよりも、話が終わらないから無駄な問答をするな、と言う事だろう。


「……謝るのは良い。だから一つ教えろよ」

「…うん、分かった。何でも聞いて」

「結局、男食い荒らして何がしたかったんだ?」

「凛華が構ってくれないからチヤホヤしてくれる男の子とエッチして慰めてもらってました」

「ブフォッ…げほっ…」


 椿の正直過ぎる答えに、遥香が味噌汁を吹き出した。


「おい、大丈夫かよ?」

「げほっ……大丈夫…ケホっ」


 布巾を遥香に手渡して椿に向き直る。


「…俺かなり構ってたと思うけど」

「幼馴染みやってた時と変わんないじゃん!」

「他にどう接したら良いんだよ?言っておくと俺は椿が隣に居る事に気を使って女子が一切寄って来なかったから、幼馴染みと妹以外の女子との接し方とか、全く分からないからな。恋人なんて以ての外だ」


 なお椿が居なくても女子から寄ってくる事は無い模様。

 話せば仲良くなれるけど、話すまでの工程が難しい。


「一緒に部屋に居たら押し倒すくらいするでしょ普通」

「約束あったんだからしねえよ…」

「その約束も意味分からないよ!なんでそんな制限受け入れたの?」


 残念ながら約束が無かろうと手は出さなかったし、椿に誘われても避けただろう。

 憧れの幼馴染みではあったが、劣情を抱くような相手では無かった。


「『これといった能力なんて無いんだから、せめて誠実さを見せろ』って卓三さんに言われたからだな。別におかしな事は言われて無いだろ?だから頷いた」

「それバカにされてるだけじゃ…」


 遥香辞めろ、そんなのは分かってるから。

 割りとマジで見返してやろう…とか思ってたが、そんな事考える必要も無かった。


 ふと、椿が小さく息を吐いて、覚悟を決めた様に顔を上げた。


「…もう…分かった。凛華」

「なんだよ?」

「今からベッド行こっか」

「ごふっ…ゲホッげほっ…」


 眩しい笑顔で椿は言った。

 そして麦茶を飲んでいた遥香がまたも咽った。


「椿、お前帰れ」

「自分じゃ慰めきれないから付き合って」

「帰れ。朝っぱらからシモの話ばっかしてんじゃねえよ」

「……私そんなに魅力ない?」

「品がねえんだよ」

「ふっ…」


 ちょっと笑ってる遥香は置いておき、俺はため息を吐いた。どうしてか、理由は分からないが椿は吹っ切れたらしい。


 …一体何がどうしてこうなったんだろう?


「椿、お前自分の立場分かってる?」

「凛華の恋人」


 平然と、彼女だと断言した。


「……え?お前まだ彼女やってるつもりだったの?」

「別れるなんて話一度もしてないよ?」


 確かにそういう話はしてない。

 してないが、そうじゃないだろう。


「あの流れで関係継続できるほど俺の心は強く無いんだけど。やり直せると思ってんのかよ?」

「ヤり直すなんてそんな、初めてでしょ?」

「…もしかしてさっきの『ベッド行こう』発言は本気なの?お前発情でもしてんの?」

「凛華の顔見てるとムラムラする…」


 心なしか椿の顔が赤い。


 これは俺が知らなかっただけで、実はシモネタ多めの女の子だったのだろうか。

 俺と居る時取り繕ってたのかこいつ?


「発情期のうさぎかお前は?」

「ペロペロしてあげようか?家族になれるよ」

「うさぎになりきるな」


 …うさぎって年中発情してるらしいけど、あれ本当なのか?


 邪念が混ざったが、頭の上で手をピコピコと動かしてる椿を見て、再度ため息吐いた。


「バニー衣装持ってくる?」

「帰ってそのまま戻って来んな。鍋島先輩辺りにでも頼れよ」

「あの人顔は良いけど粗チンなんだもん」

「おい辞めろよそういう事言うの!鍋島先輩に失礼すぎるだろ!あと遥香食事中なんだぞ!」


 鍋島先輩、いくらなんでも可哀想すぎるんじゃないだろうか。


「兄さん、この人私の知ってる椿ちゃんじゃない」

「俺の知ってる椿でもねえよ。昔の椿は大好きだったけど、この椿はどう頑張っても好きになれない」

「なら変わってないもん、私のこと大好きだね」

「はあ!?寧ろどこがどう変わってないんだよ?」

「私の初体験小四だもん」


 席を立って食器を片付けようとした遥香の足元に、カシャァン!と音を立てて二枚の皿が割れた。

 落とした食器に目を向ける事もなく、ただ虚空を見つめる俺と遥香。

 

「「………」」

「男の子に二言はないよね?」

「前言撤回す…」

「二言はないよね?」


 ニコニコと圧をかけてくる椿。

 俺は遥香を顔を見合わせた。


「…俺に幼馴染みなんて居なかった」

「兄さんに幼馴染みは居なかった」


 よし、解決。文字通り、俺の知ってる黒崎椿なんて居なかったんだな。

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