第9話 捲し立てるのがコツ

 ………なんか視線を感じるな。


 俺はここ最近では珍しく一人で登校していた。

「遥香が試しに一人ずつで登校してみたら?」と言って提案してきたのでそれを呑んでみた。


 結果として、俺は高校の敷地に入る前からとんでもないくらいに視線を感じる事に嫌でも気がついた。


 きゃぁ〜!モテモテだぁ〜………。


 …居心地悪いんですが、どうしてこんなに視線を浴びなきゃならんのかな。しかも割りと侮蔑的な奴。


 おかしいな、今日は如月居ないのに。


 服装や髪型もいつも通りだ。突然イケメンになったとかそういうのでも無い。

 …となると、何かあったな。


 俺はスマートフォンを取り出して、取り敢えず知り合い全員に、俺に関して何かあったのかと聞いて回った。


 …そして、全員が同じ返答をしてきた。


『二年の東雲凛華は如月友梨奈の弱みを握って脅している』…とウワサが流れているらしい。

 しかも、如月が俺に頭を下げてる写真付き。


 納得。

 それなら確かに全校生徒にギラギラと睨まれても仕方がないだろう、きっと色んな情報筋から物凄い速度で広まったに違いない。


 しかも今日は、奇跡的に如月を連れていない。


 つまり、噂を聞いて慌てて突き離したように見える訳だ。


 はっはっは〜。

 成程ね、笑わせるじゃないか。


 良し、決めた。

 如月の非公認ファンクラブは徹底的に潰そう。少なくともこの高校には結構な人数居る筈だ。

 この際、暴力沙汰とか気にしない。


 視線を一身に受けながら教室に入ると、焦った表情の白雪と楽しそうな瑠衣が俺の席に駆け寄ってきた。


「ね、ね、凛華、どうするどうする!」

「んー…どうするかな」

「馬鹿すぎるよこの学校、ちょっと考えたら凛華がそんなこと…」

「いやあ凛華の事ちゃんと知ってるのなんてクラスメイトにすら殆ど居ないし」


 瑠衣は目をキラキラと楽しそうに輝かせて話す。多分、中学の頃を思い出して居るのだろう。


「東雲君、今日はなんでその如月さんと来なかったの?」

「マジで偶然」


 聞いた限り、遥香もこんな事になってるとは知らなかった様だ。


「…さて、如月はどう出るかな」


 案外、俺にとっては都合がいいかも知れない。


「東雲ぇ!!」

「うっせえなぁ!だま…じゃない、はい。えっと、何ですか先生?」


 悪口が喉元まで出かけた…あ、いやほぼ漏れ出ていたが、取り敢えず教室の入り口に立っている先生の所に行った。


 その後ろで瑠衣は苦しそうに笑いを堪えて居たらしい。



 ◇◇◇



 如月が横に居て、眼の前には今年度の新任である生徒指導の先生。

 俺は敢えて頷いた。


「はい、本当ですよ」

「ちょっえぇ!?リン先輩!?」

「何故そんな事をした!」


 俺の供述に驚愕する如月。

 それを無視して若い先生が人相を変えて俺を睨み付けてきたので、俺は普通に答えた。


「腹いせですが」

「なんだと!」

「ゆりたんファンクラブとかいうふざけた集団に階段から突き落とされた挙げ句拘束されたんで」

「は、はあ?東雲お前を何言ってるんだ?」


 誰がそんな事やるんだよ、馬鹿じゃねえのそんな話信じるわけねえだろ…という顔である。

 俺もそう思う、馬鹿のやることだ。


「言葉の通りですよ?」

「も、もしそうだったとして、如月に責任は無いだろう!」


 俺は生徒指導の先生の、その言葉を聞いて…一気に頭に血がのぼった。


「もしそうだったとして…じゃねえよ馬鹿。う って言ってんのこっちは、断言してんだよ。脅してると違って、分かる?」

「何だその口のきき…「話逸らすなよ」なっ…」


 愕然とした様子の先生と如月。

 俺は殴ってやりたい衝動を抑えて言葉を続けた。


「ただの噂と、落とされたって事実のどっちが重要なんですか?」

「な、ならこの写真はなんだ!」


 先生が出したのは例の写真。


「見ての通りですけど」

「お前が脅してるんだろう!」

「どう見ても俺が謝られてますよね。如月ファンクラブの行動に関して、如月からは謝られましたから…」

「ふざけるなよ東雲、お前の言葉は全てデタラメだろう!」


 それを聞いた俺は先生に笑いかけ、おどけてみせた。


「なーんだ、分かってんじゃん。流石に生徒指導やってるだけあるわ。生徒指導って、生徒に指導される立場じゃないっすよね」


 突然の事に目を丸くしている先生、キッチリと言質は頂きましたよ。


「そーなんですよ、俺がウワサを認めたのもデタラメなんです」

「…は…?」


 ポカーンとする先生をよそに如月に話しかけた。


「如月とは普通に仲良いですよ?前も一緒に出掛けましたし…。あ、てかさ如月」

「…あっ、えっ?な、何ですか…?」

「誕生日近いよな、プレゼント何が良い?」

「えっ?プレゼントですか?てかなんで今なんですか!今先生と…」


 話してる途中…という言葉を遮って言葉を続ける。


「えっ、だって…先生が俺の言葉は全部嘘だって言うし。酷いよな、俺の直接の言葉よりただの文面の方優先するんだぞ?なんなら、拘束された証拠まであんのにさ」

「な、なに!?」

「ほら、これです」


 俺はスマートフォンを出して昨日こっそりの遥香が撮っていた写真を見せた。


 ファンクラブメンバーと言い合う如月と、椅子に拘束されてる俺。

 ファンクラブのメンバーは、全員きっちりと顔が見える角度という、完璧なファインプレーである。


 おどけるのは辞めて、俺は普段通りに先生に対して話す。


「俺の言葉より、写真の方が信用できるんですよね。なら、こいつら全員に…俺と同じ様に話聞いて下さい。あと、こんなのもありますけど…」


 俺は昨日階段から落とされた時についた、内出血による首の青あざと、手首についた縄の跡をキッチリと見せつけた。


「今の所は手首に痛みがあるだけで、生活に支障がでる程度では無いので病院は行ってませんが…痛みが続く時は行くつもりです」

「…あ、あぁ…」

「…因みに、登下校を一緒にしてたのは如月に頼まれたからで、如月が頼んできた理由は前の強姦未遂です。教頭先生に聞けば詳しくわかると思います。俺が拘束された時の写真は高校のホームページのダイレクトメールに送っておくので、使う時はそっちからお願いします。あと、何か聞く事ありますか?」

「い、いや…」

「…では、失礼します。行こう、如月」

「えっ、あ、はい…」


 俺はさっさと話を捲し立てて、さっさと生徒指導を出た。 

 せっかくだし、1年教室まで送るか。


「…あ、あの…リン先輩、なんか手際良すぎないですか?」

「あぁ、まあ…先生に理不尽にキレられるのは慣れてるから」


 まあ、感情に任せて色々言ってしまう時もあるがそれはご愛嬌。口が悪いのは俺も遥香も昔からである。


「理不尽に…慣れる…?」

「ああいうのは、説得よりも無理矢理捲し立てて説破するのが良い」

「そ、そうですか…」


 まだ授業始まってないのに、如月は少し疲れ気味である。


「…あ、あの…ここ1年教室…」

「ん、そうだな。あ、そうそう…昼会うか?」

「それは……はい。少し話したいです」


 こくっと頷いたので、笑いかける。


「分かった。じゃあ、いつもの空き教室で。あとでな」


 …というやり取りをキッチリと如月の同級生に見せつけてから、俺は三階の2年教室に戻った。

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