第8話 兄と妹は似ている

「ほんっ…とうに、ごめんなさい…!」


 如月と遥香に連れられて来たのは、人気のない体育館裏。如月はバッと頭を下げて謝罪してきた。


「えっ、いや…如月のせいでは…」

「完全に浮かれてました。自分の影響力を見誤ってたんです」


 何に浮かれてたのかは知らないけど…反応に困ることするじゃないか。


「えっと…」


 如月よりもあのバカどもに謝らせたい。


「しばらくリン先輩には近寄らないようにしておきますから…」

「え、それは嫌だ…」


 思わず声を漏らした。

 彼女に直接迷惑をかけられたわけじゃ無い。寧ろ色々な方面から助けられたまである。


 てかせっかく仲良くなれた後輩に距離を取られるとか、理由がどうあれ心に来る。


「えっ…?」


 キョトンと目を丸くした如月にの肩に遥香が手を置いた。


「ユリ、そういう意味じゃ無い」

「…わ、分かってるし…」


 …どういう意味?


「まあそれはともかく。あの人達って何者なんだ?」

「私の……非公認のファンクラブ会員です」

「非公認かよ」

「私ファンクラブなんて認めてないんですけど…」

「…まあ、如月の場合は仕方ないよな」


 呟きながら改めて如月の事を客観的に眺めた。

 青メッシュのかかったショートの黒髪とルビーの如く赤々とした美しい瞳。

 黙っているとクールな印象を受けるが、話すと可愛らしい。

 身長は平均的ながら、スタイルは抜群と言える。


「な、なんですかじっと見てきて…」


 慣れてるだろうに、なんでそんな初々しい反応するかな。


「…そりゃまあ、ファンクラブの1つや2つ出来るよなー…と思って、仕方無いのかな」

「仕方なくは無いです!リン先輩が怪我するかも知れなかったんですよ!」

「怪我?あー…そうじゃん、そういやあのクズ共人の事階段から突き落しやがったよなぁ…」


 思い出したら苛々してきた。

 幸い縛られてた手首以外にこれと言った怪我は見当たらないし痛みもないが、されたことを考えるとちょっとだけやり返そうか…とか考えてしまう。


「どうやり返そう、とか考えてる?」

「……いや、まあ…如月のファン、皆が皆ふざけた奴らだとは思ってないけど、あの集まりはちょっとどうにかしておきたい。じゃなきゃ本当に殺されそうだからな」

「そ、そこまではしないと思います…けど…」


 今回の事例を見てしまうと「そんな事はない」とまで言い切れないのだろう、自信無さげに俯いてしまった。


「君から一言…は逆効果か」

「ん…いっそ吹っ切れたら?」


 遥香がそう提案して、如月が聞き返した。


「吹っ切れるって?」

「ユリと兄さんが付き合えば良い」

「うえぇっ!?そ、それは流石に駄目だよ!リン先輩も彼女と別れたばっかりだし…」


 しばらくの間、遥香に対して一方的に抗議し続けた。

 そこまで否定しなくても良いのでは?と思うが、親友の兄と色恋沙汰になるのは流石に嫌なんだろうな。

 俺の事を嫌ってる訳では無さそうだから。


「…俺が如月と付き合ったら本格的に殺されるだろ。俺この年で同級生に殺されました…とかは流石に嫌だぞ?」

「まあ兄さんじゃ釣り合わないか」

「そうそう、その通り。椿の時の二の舞を踏むになるのは勘弁だからな。兄さんは身の丈に合わない恋愛沙汰で心労抱えるのは嫌だ」

「…そ、そこまで卑屈になる事無いんじゃないですか…?」


 誰のせいで自虐してると…とか思ったが冷静に考えたら遥香が勝手に俺と如月を不釣り合いだと言って俺が乗っかっただけだ。

 顔、能力、性格、相性とまあ中々に不釣り合いなのは認めるが。


 なんだかんだ、如月側が寄り添ってくれてるだけだし。


「…てか今更だけどさ、俺から如月に近付いた事って無いよな。あのファンクラブ逆恨みにも程があるだろ」

「そ、それはそうですね…」


 何故か如月にしゅん…とさせてしまった。

 まあ自分のファンの素行について色々言われたり、思うことがあったりするのは、彼女的にも不本意なのだろう。


「…それにしても、変な話」


 遥香がボソッと呟いた。


「何が変なのハル?」

「全部」

「変人しか絡んでないからな」

「そうじゃなくて、いくらなんでも行動が極端過ぎるって話。高校生にもなって行動が小学生レベルなのは流石に変。階段から突き落とすとか、打ち所が悪ければ死んでもおかしくない」


 遥香の言葉を聞いて、俺は小さく息を吐いた。まあその通りだ。


「…如月、今日は先に帰ってくれ。俺は荷物持ってくる」

「私は待ってる」

「…分かりました、じゃあ…また明日…で良いんですよね?」

「それで良い」



 ◇◇◇



 遥香と二人で帰路について、少し真面目に話を始める。


「…遥香、如月のファン層ってどんな感じがメインなんだ?」


 俺の問いに遥香は無表情で答える。


「他人の評価を自分の価値とイコールに繋げるSNSに囚われた女子学生と、ユリの顔と体にしか興味がない若い男性がメイン。芸能かコスメをかじってる人じゃないかぎり、中高年は知らない人の方が多いと思う」

「成程…」


 言い方はともかく…遥香の話を聞く限り、やはり若年層に人気とのこと。

 遥香はそれからも話を続けた。


「中学生の時にモデルとしてTVに出てた影響で一気にバズって、その後にメイク紹介とかですっぴん曝して余計にバズって…てことがあったから、同年代からの注目度がとにかく高い。高校に入ってからは、まだ表立った活動はしてないけど、本名で活動してるし…何より、髪とか虹彩とかが特徴的過ぎるから町中歩いてるだけでも身バレ上等みたいな…」

「ちょっとストップ、遥香」

「…何?」

「如月が注目される理由は取り敢えず分かった。如月本人の素行については問題無いだろうし、その辺は良い、家で聞く。問題はこの高校に入ってからの周りの反応」


 結局の所俺にとっては、俺に被害が出なければ良い。一番楽な選択肢である、如月に近付かない…というのは一時的には有効だろうけど、今度はその内、また如月が女子に目をつけられるかも知れない。


「ユリのファンは良くも悪くも極端な傾向が強い。あれだけ顔とかスタイルが良いとどうしても黒い噂は立つけど、実際のユリは結構人見知りで…素行不良は全く無いから」

「公私混同はしないタイプなのか」

「…一応、ユリ本人としては高校に入ってからもう、活動するつもりは無いみたい」

「…成程、じゃあ今の状況は校内だけの問題って事か」


 活動しなくなるのであれば、その内彼女のファンは霧散していくだろう。

 引退と表向きに言わないつもりなのであれば、失踪に近いか。


「ユリが強姦されかけたのも、ユリが気に入らないから…。引きずってない様に見せてるけど、あの時に兄さんに頼って無かったら本当にどうなってたか分からない。でも、これ以上迷惑はかけたくないって、そう言ってた。さっきも言ってたけど…椿ちゃんの事で兄さんも色々あったから」


 そうは言っても、椿の事が無かったら俺と如月の繋がりはなかったし…如月を助ける事も無かっただろうから一概に迷惑とは言われたく無い。


「俺のことは気にしなくて良いんだけど…。でも、実害が有るとなると話は別だな」

「教頭先生に言ってみて改善しなかったら、真面目に対策した方が良いかも。ユリも、兄さんが離れるとまた被害が出かねないくらい、敵視されてるから」

「…遥香は大丈夫なんだよな?」

「陰口を鼻で笑ったら叩かれたりしたけど、やり返さない方が良いでしょ?」

「……そうだな、遥香はやり返さない方が良い」


 遥香はこう見えて喧嘩になるとガチだから。

 何があったのかは怖くて聞いてないし知りたく無かったから知らないが…遥香は中学の時、男子の先輩を一人…殴って気絶させた。


 遥香が直接相手の親と話をした結果、全面的に相手の先輩が悪いという話で終わったが…どんな話術してんだ?

 それとも正当防衛の当りどころが悪かっただけなのか…。


 まず運動部の男子相手にガチ殴りするかね…と当時は頭を悩ませた。


 いや…本当に苛立った時に手が出るのは兄妹一緒だ。

 俺も今日は縛られて無かったら手が出てただろうから。

 俺も遥香も割りと喧嘩っ早いのは自覚がある。

 中学の時に同級生を殴った事があるのは同じだ。


 ……まあ、俺はちゃんと仲直りして、今も昼休みに同じ机を囲む事もあるし。


「…まあ、なんだ。鼻で笑う余裕があるんなら大丈夫か」

「うん、私は慣れてるし、被害は小さいから大丈夫。問題は兄さんの方」

「……なんか、あれだな。如月が疫病神みたいな…」

「気にしてると思うから、言わないでよそれ」


 俺は遥香と少し笑い合って自宅に入った。

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