第7話 これもまた予兆

 ゴールデンウィーク明けのこと。


 クラスメイトが一人減った。


 瑠衣が持って来た写真に写っていたクラスメイトだ。


 マトモに話した事もないし、顔は分かるが名前までは覚えてないという…その程度の関係。


 多分、なのだろう。因みに椿は、引っ越しを理由に転校した。

 近場の家に住んでいた幼馴染みが挨拶も無しに何処かへ行ってしまった。


 両親は相変わらず顔を見せようとしないが、あんな事があってはより気まずいのだろう。

 特に父親の顔はあれ以来見ていない。


 仕事の方は普通に行ってるみたいだが、そもそも何をやってるのか聞いた事が無かったし、調べようともしてこなかった。


 なんせ、まず両親の仲が悪いから家族で食卓を囲むなんて事をした記憶が無い。

 よって家族で親の仕事の話を聞く、なんてことも無かった。

 偶に、この二人がどうやって子供を二人も作ったんだと疑問に思う事すらあるくらいだ。

 そうは言っても…遥香や両親は何だかんだ優秀な人間だから、育児に手を焼く事も少なかっただろう。

 俺のことは知らん、平凡だから多分普通の赤子だったろうし。

 物心ついた頃は、まだ両親の親らしさはあったと思うが…いつかを境に仲違いをしたのか、気付けば今の離散家族状態である。


 そんな両親の事を、俺も遥香も好きだとは思ってないし、両親も休日は俺達が家に居るのを嫌がるくらいだ。

 平日は顔を合わせないだけ本当に楽。


 それでも家計のことで悩む必要が無いのは、両親共に良いところに努めているからなのか、ずっと夜勤で労働体制がブラックだからなのかは知らない。


 こんな日でも昼休みになると、いつもの三人で教室の窓際に集まって弁当を広げる。


「…寂しいのかい?」

「そりゃあな。十何年と一緒に居た奴が突然いなくなったら、どんな相手であれ寂しいよ」


 ある意味で椿とは家族よりも長い時間をともにしてる訳だから。


「あれ以来、連絡は来てないんでしょ?なら変にストーカーされるとかは無い…かな」

「心配するのがそれかよ…」


 今日は遥香じゃなくて俺が作った弁当。最近は遥香手作りの和風パスタにハマっているので、それを真似して作ってみた。


「…そう言えば…凛華は、幼馴染みと別れて早々に後輩女子を侍らせてるんだっけ?」

「…なにそれ?」

「えっ?あ、いや、妹の友達だから!」


 白雪に睨み付けられて、やましい訳でも無いのに言い訳みたいに言ってしまった。


「如月さんとフツメン男子がデートしてたって噂が流れてたけど…凛華だよね?」

「なんでフツメンイコール俺、の構図ができてんの?フツメンなんてこの世に腐る程居るだろ」


 そう言った瞬間、無表情の白雪が突然俺の額に触れ…バサッと前髪上げた。


「うわっ…?」

「…金村君、これのどこがフツメンなの?」

「おわぁ!?!?僕の知らない凛華だ!?」

「は?なに?俺の顔って……えっ?マジで何なの?」


 本当に驚愕した様な表情の瑠衣。彼の声で教室内の視線を総ナメにしてしまった。


 少し首をすくめて周りに軽く頭を下げてから、向き直る。


「…凛華って、思ってた200倍綺麗な顔してたんだね」

「ちょっと待てよ、数字の桁おかしくない?もしかして1すら貰えてなかったの?取り敢えず0に何の数字かけても0にしかならないんだけど」

「0.05くらいかな」

「二百倍しても10じゃねえか!」

「あ、ちゃんと10点満点中だからね?」

「あ?あー……?は?いや、無い」


 俺の顔が10点満点中10点とか、どんな物好きだよ。


「こちとら昔から普通過ぎるで通って来たんだ、今更顔が良いとか言われても騙されねえよ」


 俺が自身を持ってそう言うと、白雪と瑠衣が呆れたように聞いてきた。


「凛華ってさ、なんでその髪型なの?わざわざ前髪で目元隠してる理由って何?」

「今は理由は特にない。強いてあげるなら、椿が一番似合うって言った髪型にしてただけだ。あと、昔は遥香と間違えられるのが面白くて同じ髪型にしてたな」

「…最近鏡見た?」

「いっつも前髪に隠れてるから、しっかりは見てない」


 普通ならヒゲ剃ったりするのかも知れないけど、体質なのか薄っすらと生えてる気がしたら気の所為だった事が何回かある。


 たまに見かける立派なヒゲのマッチョな黒人とか憧れるんだけどな。

 ぜんっぜんヒゲ生えないから諦めてるけど。


「無自覚って居るんだね」

「おい辞めろよ、まるで俺がイケメンみたいに思われるだろ」

「大丈夫、東雲君はイケメンではないから」

「えっ?流石に言い方が可哀想じゃないかな…」


 本当にそうだよ、可哀想だろ俺が。中々ダメージの入る言い方をするじゃん。


「ちっ…白雪みたいな美少女は、椿と同じで男に困らないもんな」

「…は?私の何処が美少女なの?」

「どこもかしこもだろ」

「それは同感、美咲ちゃんも案外自覚ないよね」

「…なんか褒められてる気がしない…」


 それは俺もそうだから。

 ところで自覚のあるイケメンの金村瑠衣は普通にモテるのでこういうくだらない話題で名前が上がる事はない。


 ちゃんと顔のいい奴はモテる、お世辞言われてるだけの俺はモテない。

 では白雪はどうなのか…というと、白雪美咲には隠れファン(主に女子)が多いのでモテるという意味では間違いない。


 俺は隣にずっと椿が居たので隠れファンすら居ないが…今は恋愛に現を抜かしていると色んな理由から頭が痛くなりそうなので当分やんなくて良い。




 …とか思っていた。


 6月に入る頃になると…どうも最近暇がある度に隣を陣取ってくる美少女がいる。


 まあ当然、如月友梨奈である。


 休日見かけたら即席のデート、校内でも顔を見かけたら普通に挨拶…どころかスキンシップをとってくる始末。


 一緒に登下校をする様になってからか、もしくはそれよりも少し前からか、どうも如月に気に入られたみたいだ。


 その証拠かは分からないが少し前にもまた「ユリって呼んで下さいよ」と言われた。


 幸いと言うべきか、普段の登下校では並んで歩く遥香と如月の少し後ろを歩いているので、おかしな噂が立つことは無かった。


 それでも、よく思わない男子生徒はやはり居る。


 なんせ如月友梨奈は有名で、


 如月が女子に受けていた扱いが、少しずつ俺に降り掛かってくる予兆があった。



 ◆◆◆



 …うん、予兆はあった。

 あったよ?それは分かってる。


 ………でもさ?


 これは無くない?


「…こいつどうする?」

「「「殺す」」」

「異議無し」

「異議有りだわ!ふざけんな!!」


 思わす叫んだ俺は、空き教室の椅子にどこから持ってきたのか分からないロープで縛り付けられていた。


 現在は放課後、梅雨が本格化して外には打ち付けるような雨が降り注いでいる中…俺は10人ほどの先輩後輩同級生方に囲まれていた。


 さて、なんでこうなったのか。

 分かっている。

 階段から転げ落ちたからだ。

 足を踏み外したんじゃない。

 落とされて、マジで気絶して、起きたらこうなっていたんだ。


「…で、まずなんで俺が…」

「お前は喋るなゴミ」

「………」


 本当にゴミを見る様な目で見られてるから自分がゴミだと錯覚しそうだ。

 せめて七味くらいに…じゃねえや、寝ぼけてる場合じゃない。


「…あのな、俺は…」

「「「「「黙れ」」」」」

「おい豚ども……如月の今日のパンツの色知ってるか…?」


 さすが男ども、きっちりと目の色を変えて来た。

 ついでにこれで確定、俺の事を攫った挙げ句拘束してるこいつ等は如月友梨奈のファンの集まりだ。


 俺が近くに居ることをよく思わない。

 イジメの事も知らない。

 俺が近くに居る理由も、多分遥香の存在にも興味はないんだろう。


 それはそうと、明らかな問題行動を起こしているのだから俺にはこいつらを咎める権利がある筈だ。


「…おい、早く言え」

「むら……「リン先輩!!!」…レース柄だったのは確認した」


 どこから情報を仕入れてきたのか、ベストタイミングで如月と遥香が空き教室にやって来た。


「ゆ、ゆりたん!」

「ゆりたん!今日も可愛いね!でもちょっと教室の外に…」


 ゆりたんってなに?友梨奈ゆりなだから?

 えっ?ごめん、さすがにキッショ…と言わざるを得ない。……。


「そ、そうだ。俺達は忙しいから…」

「どいて下さい。リン先輩以外の男子に興味無いんで」

「ちょっと待て、誤解を生む言い方すんな!」

「誤解じゃ無いです、私は私にこれと言って興味の無い人にしかなびかないんで」

「なんか違…じゃねえやもう良い、取り敢えずこれ取って……あ、遥香ありがとな」


 遥香がどこかから持って来たハサミでロープを切ってくれた。

 ふざけんなよ、手首の色おかしいじゃねえか、通りで痛いと思ったらどんだけ強く縛ってたんだ。


 取り敢えずブチ切れて暴れ回ってやろうかと考えて居たら、結構本気で怒り顔の如月が力強く俺の手を引っ張るので仕方なく教室を後にして、そのまま校舎を出た。

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