第6話 無実の責任
ドサッ…とベッドに倒れ込み、スマートフォンの画面に目を落とす。
余裕があったら通話をかけて欲しいというシンプルな内容の連絡だけ入れて、しばらく経つが既読すら付かなかった。
「…バレてるのかこれ?」
如月の一件は学校側に全て
一応ゴールデンウィーク明けから、少なくとも登下校時は一緒に居て欲しいと如月に頼まれた。
あの状況を見ては断れる筈もなかったが、取り敢えず今日は親が迎えに来てくれるとの事で、俺は予定通りとは行かなかったが買い物をしてから帰宅した。
流石に部活は終わってる時間の筈だし、連絡したことには気付いててもおかしくない。
俺としては、椿の両親と揉めることなく穏便に別れたいというのが本音だ。
正直ここまで来ると、椿との仲はどうでも良い。
俺達の父親は椿の両親が代表をしている企業で働いている。
俺と椿のせいでそこの関係を拗らせる訳にはいかない。
そういうしがらみもあって、俺から一方的に椿を突き放す、という行動を取るのが難しい。
浮気の証拠は揃っているのだから、突き出せば良い。どう考えてもあちら側に非があるのだから。
それをしないのは結局のところ、こっちがどれだけ咎めようと、所詮は学生のくだらない恋愛事情だから。
これが何かしらの方向性で大きな問題にならない限り、俺はこの件を穏便に終わらせる以外の選択肢が取れない。
「…あー…面倒…」
「兄さん、ただいま」
「…おう、おかえり」
ドア越しに妹と挨拶を交わす。遥香は向かい側の部屋に入ったのだろう、そこが彼女の私室だから。
それはともかく…ふと、一つの疑問が頭をよぎった。
果たして椿は、いつ誰との関係がキッカケで俺以外の男達と肉体関係を持つようになったのだろうか…と。
浮気の原因解明とか興味は無いが、他に考える事もなくなっていた。
俺は遥香が向かい側の部屋から出てきたのを確認してから、その後を追って部屋を出た。
「遥香、ちょっといいか?」
「…なに?」
「遥香の知る限りとか、予測で良いんだけどさ、椿の浮気っていつから始まったものだと思う?」
「いつからかは分からない。でも…少なくとも先月の初めにはあったと思う」
妹は特に表情を変える事もなく階段の下からそう言い放った。
断言こそしてない物の、遥香は確信している様だ。
「多分、すぐに分かると思う」
「なんでそう思うんだよ?」
「予感はあったから」
「予感…」
「…もう、“予兆”に変わってるけど…」
「はぁ…予兆ねぇ…?」
…そんなのあったか…?
流石に妹と俺では視点が違うのかも知れないな…と感じながら自室に戻る。
結局モヤモヤしたままその日が終わった。
◆◆◆
翌朝、俺を文字通り叩き起こしたのは鬼の形相をした父親だった。
「な、なに…?」
夜勤ばかりで顔を合わせるのも久しぶりな気がする若作りな父親に睨まれて、俺は縮こまるばかり。
寝間着姿の俺の胸倉を掴み上げるなり、意味の分からない事を言い出した。
「…おいバカ息子、どう責任とるつもりだ?」
「はあ…?責任って……まず、何の話?」
「子供だ」
「……子供…?なに、父さん妊娠した…じゃねえや、ごめん。まだ頭回ってない…」
とんでもない発言をした気がするが、俺は取り敢えず目を擦った。
父さんが俺を離してベッドに投げ出される。
スマートフォンを点けて時刻を確認すると、どうやら午前10時頃。
…なんかいつもより寝てるな…。
ふわぁ…と軽く欠伸をして、取り敢えず俺を睨んでる父親を睨み返す。
「…で、何の話だっけ?」
「……椿ちゃんの妊娠が発覚した」
「へえ……。えっ…妊娠?」
とんでもない発言をしてるのは俺じゃなくて父親だったらしい。
「お前はどう責任を取るつもりだと聞いているんだ!」
「…取り敢えずさ、今椿はどこに居るわけ?」
「卓三さん達と下に居る」
黒崎卓三、というのが黒崎椿の父親で、なんかでっかい会社の社長やってるらしいけど、詳しい話は聞いたことが無い。
「…ん、取り敢えず…着替えてから下行くよ」
「いつまでも寝ぼけてるな!」
「うっせえな、黙れ。何も知らない癖に上から物言ってんじゃねえよ…普段父親らしい事なんて何一つしてねえだろ、こういう時ばっかり父親面してんな」
寝起きのテンションで父親に対して本音をぶつけてもう一度睨みつけた。
ガッと目を見開いた父親に合わせて、俺は言葉を続けた。
「「それが父親に対する態度か」だろ、分かるよ言いたい事くらい」
「なっ…」
「…早く出てけよ、着替えさせろ」
半ば無理矢理に部屋の外へ連れ出して、俺は自分の部屋に戻った。
◇◇◇
着替えて、二階で軽く顔を洗ったり服装を整えたりしてから一階に降りた。
見慣れた顔ぶれで家族団欒といきたい所だが、生憎とそんな空気でも無さそうなので、俺は挨拶も無しに椿に詰め寄る…前に、妹に声をかけた。
「遥香が言ってた予兆ってこれ?」
「そう、前に歩き方がおかしかったから…腰辺りに違和感でもあったのかなって。それだけ」
「…良く見てんな」
思わず遥香の頭を撫でると、遥香は珍しく嬉しそうに目を細めた。
「…で、椿。なんでこうなったんだ?」
「な、なんでってそれは…」
こちらもまた珍しく、顔色が悪い。
それが懐妊の影響なのか、最悪な現状の影響なのかは分からない。
「話の前に、これ見て下さい」
俺は容赦なく4つの写真をテーブルにばら撒いた。
一つは鍋島先輩と屋上での濃厚なキスシーン。
一つはウチのクラスメイトの一人とラブホテルへ向かうシーン。
一つは白雪美咲の兄と、その兄の部屋で体を重ねているシーン。
一つは遥香が見つけていた、これまた鍋島先輩に腰を抱かれて黒崎宅へと入っていくシーン。
言い逃れをさせる気は無い。
これは大きな問題になれば、俺の勝ちは揺るがないから。
「椿、弁明したいなら俺じゃなくて卓三さんにしろよ?」
「こ、これは……?」
困惑する卓三さんに、俺は笑いかけた。
「見ての通りですけど」
「だ、だが椿は君との子だと…」
「童貞に子供が居るわけないでしょ」
俺自身の悲しい事実と共に、卓三さんと椿へと現実を突きつける。
「えーと、撮影時期は写真に書いてある通りで…まあ取り敢えず…椿」
「………」
「俺はお前の懐妊の件に関わる気は無い。だから聞きたいのは一つだけだ」
「…な、なにを…?」
恐る恐ると言った様子で顔を覗いてくる卓三さん、一度そちらに目を向けてから、俺は椿と目を合わせ直した。
「…お前、なんで俺と付き合おうと思ったわけ?」
「なんでってそんなの…好きだから…」
「なら、こいつ等は何なんだよ?」
「…凛華が悪いんじゃん…」
「…?」
「…えっ…なんて?」
突然の責任転嫁に俺は唖然、遥香も思わず聞き返す始末だった。
「キスもエッチもしてくれなかったのは凛華の方でしょ!」
「…いや、まずそんな空気になった事すらねえし」
結局の所、俺は椿を高嶺の花だと…どこまで行っても幼馴染みだとしか思えてなかったんだと思う。
そういう空気にならなかったし、俺から手を出す事が絶対に無かったのは…“そういう話”があったからでもある。
「卓三さんは話してなかったんですね。それに、
「そ、それは…」
「…俺はそんな簡単な約束破るほどクズじゃねえよ」
俺は卓三に椿と付き合うことになった、という話をした時にある条件を提示された。
「俺は卓三に言われて、高校を卒業するまで椿に手を出す事は許さないって言われてた。てっきり椿も知ってる物だと思ってたんだけどな…」
「私は知ってた」
「遥香には教えたからな」
「そんな事言わなくても兄さんにそんな気概無いのにね」
「辞めてその言い方、ダメージ入るから。誠実な兄だと言い直しなさい」
「良いお兄ちゃんだとは思ってる」
ちょっと嬉しい事言ってくれるじゃないか。
そんな妹との茶番はさておき、俺は黒崎家の二人を見据えた。
「落とし前つけろとか、そんな事は言いませんから。こっちにその子供の責任押し付けてくるのは辞めて下さい。俺は無関係だから」
それだけ言って、俺は遥香の手を取った。
「じゃあ、俺と遥香は出かけるから。良いゴールデンウィークを〜」
「兄さん、性格悪い」
「それ誰かにも言われたな…」
青褪めた顔の黒崎親子と気まずそうな我が父に笑顔を振りまきながらそう言って、俺は遥香と二人で如月の家に向かった。
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